吹き抜ける風はとても冷たくて、
今年もこの季節が巡ってきた事を改めて実感した。
「巡る赤と白の追憶」
「うわ、思ったよりも寒ぃな…」
冷えた空気の中を、ポケットに両手を突っ込んで歩いて行く。
俺の朝はコーヒーがなきゃ始まらないっつってんのに、
山崎の野郎…
コーヒーぐらい用意しとけってんだ。
そんな訳でこうして朝も早くから出歩いている訳だが、
なるほど、やはりこの時間は誰もいない。
朝早いし、何てったって寒いからな。
シンと静まり返った家並みを足早に歩く。
自販機までそう遠くはない。
吐く息が白いのか、それとも煙草の煙が白いのか、
区別が付かないぐらいに寒い。
ま、屯所が暑苦しい男ばかりだから余計に冷たく感じるのかもしれんが。
目標の自販が見えてきた。
それと同時にひとつの人影も目に映った。
白い世界に溶けそうな色の髪。
近付いていくと、
向こうも気付いたのか、ふとこちらを見やった。
「あ、土方君じゃん」
「……銀時、か」
2つ並ぶ自販機にそれぞれ並んで立つ。
ガコン、とひとつ音が響いて、
銀時がのらりくらりと缶を取り出した。
それに次いで今度は俺の方で、ホットコーヒーが音を立てて落ちた。
「珍しく早いじゃねーか」
缶を取り出す俺に、銀時はプルトップを開けながら言った。
「今日寒いからさ、目ェ覚めちゃって」
土方君も?
ズッとすすりながら尋ねる銀時にまぁ似たようなもんだと答える。
銀時が続けた。
「土方君、寒くないの?」
「……」
寒いに決まってんだろ。
防寒具をなにひとつ纏ってねーんだから。
山崎をシメて、その流れで飛び出してきちまったからな…
「逆にお前は随分と温かそうじゃねーか。その赤マフラーとかよォ」
そう言って、銀時の首元に巻かれている赤いのを見やる。
すると銀時が意味深に笑った。
「あぁ、これね」
ち、俺もマフラーぐらいしてこりゃよかった。
そんな事を思いながら銀時の首元を見つめる。
そうして、ふと思い出した。
「そういや俺も、昔赤マフラー持ってたな…」
「へー、そーなの」
「大分前だけどな」
そうだ。
最近近藤さんにあげたのは、
それこそ大分昔のガキの頃に使ってたヤツだが、
それ以外にもう1本持っていた気がする。
湯気の立つコーヒーを一口含む。
その時には既に、あの頃の記憶へと思いを馳せていた。
「オイ、何やってんだ」
あの日も確か、こんな寒い日だった気がする。
まだ江戸に来て間もない頃だ。
俺と総悟の2人は、早朝の見回りに駆り出されていた。
そんな折、ふと気紛れに路地裏を覗くと、
うずくまる人影が見えた気がした。
「どーしたんですかィ、土方さん。急に立ち止まって」
「いや……」
数歩先を行く総悟が振り返る。
どうやら総悟は人影らしきものには気付いていないらしい。
寒い寒いと地団駄を踏む総悟に、
俺は先に行っててくれと促した後、くるりとその路地裏へ向かった。
そこにはやはり俺の見た通り、
何箇所かに傷を負った同い年ぐらいの男がくるまっていた。
声を掛けると男がけだるそうに視線を上げた。
その視線とかち合って、俺はもう一言紡いだ。
「死んだ魚のよーな目ェしてんぜ?」
上から覗き込んだその男は何とも不思議な目をしていて、
虚ろな訳じゃないが、気力を感じ取ることが出来なかった。
その目をじっと俺に向けたまま、男がぼそりと呟いた。
「……にーさん、いいモン持ってんな」
「あ?」
「その、赤いの」
男の視線がじっと俺の首元に注がれた。
「あぁ、これね」
そう小さく返して、俺も自分の首に巻かれた赤いマフラーを見やった。
いくら風邪をひかない自信があるとはいえ、
やっぱり寒い冬には必需品だろう。
そんな事を思った丁度その時、向こうの方から総悟の俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺はその方向に今行くと叫び返した。
「さて、と」
そう小さく零してから、俺はマフラーに手を掛けて手早く自分の首から外し、
それをぐるぐると、これまた手早くその男の首元へ巻きつけてやった。
男が少し驚いた目で、だけど声は相変わらずけだるい感じで言った。
「にーさん、そしたらアンタが寒いだろ?」
「うるせー」
ザッと音を立てて方向転換をし、総悟の方へと足を向ける。
男の方へ背を向けたままで、俺は呟いた。
「死にそうな奴に心配される程ヤワじゃねーよ」
じゃあな。
そう小さく残して立ち去る俺の背中に、男が一言呟いた。
「どーも、瞳孔開いてるおにーさん」
「あの後に俺、風邪ひいたんだっけな……」
あの日の想いを辿ってみる。
そうするとどこからとなくふと笑みが零れた。
たまにアイツの事は思い出すんだ。
今もどこかで元気にやっているのだろうか、とか。
アイツの事はもううろ覚えだが、その割には気にしている自分がいる。
……不思議なもんだな。
「ふぅん」
カラン、と缶が鳴る音でふと我に返った。
銀時はいつの間にかココアを飲み干していて、
それが投げ捨てられたくずかごの中で静かに鳴った。
俺も少し冷めたコーヒーをグッと一気に喉に通して、
その缶をカランと投げ捨てた。
「さ、俺はもう戻るぜ」
テメーみたいに油売る暇もないんでな。
そう付け加えながら銀時に背を向けた。
歩き出そうとしたその時、ふいに後ろの声に呼び止められた。
「なァ」
「あ?」
宙に投げ出された片足が静かに地面に降りる。
そうして俺が振り返ったその刹那、
視界を白い何かと赤い何かが過ぎった。
「なっ?!」
それらを理解するのにそう時間はかからなかった。
単純な事だ。
白いのが銀時のフワッとした髪の毛で、
赤いのは、今銀時が俺の首に巻きつけている赤マフラー。
そうして銀時が小さく呟いた。
「……あの時とは逆だな」
「あん?」
よく聞き取れず眉をひそめた俺には応えず、
銀時はもう一度意味深にふ、と微笑んで、
「じゃーお仕事ガンバッテー」
そう残して背を向け歩き出した。
その冷たい空気の中に溶け込んでいく髪を、背中を、じっと見つめる。
と、急にその背中が振り返った。
それに思わず身体が少しはねた。
「おーおぐーしくーん」
「……んだよー」
「馬鹿でも風邪はひくんだからな〜」
「んだとテメー!!」
俺の叫びには軽く微笑んだだけで、
銀時はひらひらと掌を振り、少し首をすくめながら歩き始めた。
そうしてそのまま白い世界へと姿を消した。
何だァ、アイツ。
そう思ったと同時に、
一瞬だけあの日の光景が頭を過ぎった。
首元の温かさに助けられたのだろうか。
忘れていた新しい記憶……
“いつか必ず返すからな”
そんな言葉が俺の耳に届いた気がした。
「……まさか、な」
そう小さく微笑みを零して、俺も白い世界に溶け込んでいった。
首元には、白を彩る赤を飾って。
そうして今年も、白い世界が巡る。
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ちょっと仲良しな2人。
てゆーか土方さんが少し心許してる感じ?
あ、銀ちゃんは既に土方さん大好きです。笑
えー、お解りかと思いますが、銀魂EDがモチーフです。
銀ちゃんが巻いてるのは土方さんの赤マフだと信じてるんで!笑