己を省みる必要があったのかもしれねェ。
…仕事、仕事にかまけた罰か。
そんな事をぼんやりと思いながら、俺はよく晴れた空を見上げた―――
「カゼひきくんと、秋の空」
うだるような夏が過ぎ、
いつの間にやら季節は巡って、もう今年も残り僅かとなった。
青々としていた葉は赤や黄色に染められ、雲ひとつない秋空に舞い散る。
そんな光景を、俺は布団の中から見上げていた。
今年は異常気象のせいか、寒暖の差が特に激しい。
あのくそ暑かった夏とは対照的に、最近は朝晩と急に冷え込むようになった。
そんな季節の変わり目といえるこの時期、江戸では風邪がかなり流行する。
「隊士が風邪ひいてどうする!さっさと市中の巡回行って来い!」
咳やくしゃみ、鼻水をたらした野郎共の背中を蹴飛ばす勢いで、
そんな事を声高に叫んでいたあの日の俺をぶっ飛ばしてやりたい。
蔓延する風邪菌はどうやら強力なウイルス性のものらしく、
体力や身体的にも罹らない自信があったこの俺も、結局やられてしまった。
…うちの隊士は、一部を除いて全員馬鹿だと思っていたんだが。
今回のウイルスは馬鹿にも感染するらしく、ほとんどがダウンしていた。
その時スパーンと勢いよく襖が開いて、
ズカズカとこちらに向かう足音が聞こえてきた。
俺の視線がそちらに向けられると同時に、上から声が降ってきた。
「よォ、トシ!具合はどーだ?」
「…近藤さん」
…ほんとに若干名は最強の馬鹿なのか、風邪のかの字も見当たらない人間が居る。
…言わずもがな、この人がそうだ。
「ま、平気ではねェな」
ケホケホと咳き込みながら、俺は答える。
どかっと真横に座り込んだ近藤さんは、腕を組んでうーんと唸った。
「お前を筆頭にほとんどの奴が寝込んでるからなァ、俺達数人では流石に巡回も厳しいぞ」
「…悪いな」
「いやまぁ、誰だって弱る時もあるさ」
アンタにはなさそうだな。
そう言って笑ってやろうかと思ったが、それは言わないでおいた。
「こっちは気にしなくていいから、こうゆう時ぐらいゆっくり休んでろよ!」
勢いよく立ち上がった近藤さんは出際に、
「じゃあ巡回に行って来るからな、大人しく寝てろよ!」と残して部屋を去っていった。
そうして再び、部屋には静けさが訪れる。
…ただ寝てるだけって、結構辛いもんだな。
天井を見つめながら、俺はそんな事を思った。
忙しすぎて布団に入ればすぐに朝、みたいな生活に慣れているせいなのか、
普段はくそ忙しい時間にじっとしているのは、何だかすごく変な感じがする。
あー…眠れない。
そう呟きながら寝返りを打つ。
窓の方へ身体を向けたその時、後ろの襖が開いた音がした。
「ホントに鬼の居ぬ間の静けさ、ってヤツだな」
振り返ると、そこにはニヤリとした笑みを浮かべたヤツの姿があった。
「ぎ、銀時?」
「ヤッホー土方君、お見舞いに来てあげたよ〜」
スタスタと近付いてくる足音に、俺は驚きの視線を向ける。
「お前、どうしてここまで…!」
「え?すんなり入れたけど?誰もいなかったし」
…あァ、そうか。
隊士のほとんどが寝込んでるか出払ってるかだからな…
でもだからって、普通こんな所まで来るか?
そう考える俺を横目に、
不法侵入に悪びれる様子もなく、
ストンと、さっき近藤さんがいた場所へヤツも腰を下ろした。
「で?」
「?何だよ」
じっと見下ろす視線に、これまた俺も眉を寄せてじっと見上げてやる。
ヤツの口角がにやりとした形をとった。
「なに、風邪ひいたんだって?副長の土方君がー?ぷぷぷ」
「うっせ…ゲホゲホ」
ゲホゲホとむせ返る俺に「おいおい、大丈夫か?」と尋ねてくる。
んな訳あるか、と咳の合間に返してやった。
「お前んとこの大将は、あんなに元気そうにしてんのによォ」
「近藤さんと会ったのか?」
「あぁ。そん時『俺と同じで風邪とは無縁なトシがついに寝込んでなァ』って話を聞いた」
…“俺と同じで”?
なんだか少し引っかかるぞ、そのフレーズ。
仰向けに戻って、布団を鼻まで隠れるぐらいにかぶる。
別に寝込みたくて寝込んでる訳じゃねェし。
そんな事を考えていると、横で銀時が今度は真顔になって俺を呼んだ。
何だよ、と小さく答える。
「風邪、しんどいんだよな」
「?まぁな」
「俺のちゅーで治してやろうか」
「いらん」
俺が即答で返すと、彼が不服そうに眉を寄せた。
「人にうつせば早く治るのにィ」
「いらん!」
馬鹿かお前は!そうキッと睨みつけてやると、銀時はけらけらと笑った。
「そんな真っ赤なうるうるの目ェで言われてもねェ」
「うっうるせェな馬鹿!」
ダメだ、もうこいつに何言っても無駄だ。
そう確信した俺は、銀時に背を向けるようにして、ガバッと布団をかぶり直した。
「…もう俺は寝る!邪魔すんな!」
「はいはい、じゃあ」
「!」
布団の向こう側で聞こえていた銀時の声が、
次の瞬間には自分の耳元で聞こえていた。
「ちょっ、何で布団めくってんだよ!」
「何でって…おやすみのちゅーしようと思って?」
「なっ…!」
銀時の立ち肘の間に挟まれて動けない俺に、
寸止めだった唇が、間近でニヤリと笑った。
「スキ有り」
抵抗しようと試みたが、ダメだ、どうにも力が入らねェ。
…もーいいや。
考えるの面倒くせェし、好きにさせておこう。
ちょっとだけさっき飲んだ薬の苦い味がしたから、
コイツは薬とか苦いモンは嫌がりそうだなぁ…なんて、
そんな事だけをぼんやりと思った。
しばらくして。
未だ間近にある銀時の顔は、相変わらず嫌な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「これで風邪治るんじゃないの、土方君」
「…バッカじゃねーの」
ふん、と小さく笑って元の位置にあぐらをかいて座りなおしたヤツに、
ため息をついてから、俺ももう一度布団をかぶりなおし、目を瞑った。
その時ふと、何か冷たい感触が俺の額に触れた。
…どうやら銀時の掌らしい。
「うっわ、マジで熱あんじゃんお前。早く寝ろって」
「…誰だよ、寝かせなかったの」
身体がだるいのか、さっきのでなけなしの体力を消耗したせいなのか、
…何だか一気に眠気が到来してきた気がする。
近いような遠くから、銀時の冗談交じりに笑う声が聞こえる。
「あん?添い寝して欲しいのか?」
…誰がいるか、そんなもん。
「こーゆー時は一発ヤッちゃえばケロッと治るもんなんだけどなァ」
流石にそれは、今回はやめとく。
そう言った声はどこか楽しそうだ。
…もう、絶対カゼなんかひかねェ。
「心配しなくても手ェ出さないし、お前が寝るまでここにいてやるよ」
心配なんてしてねェけど…まァいいか。
「…もーいい、疲れた。俺は寝る」
「おう、そーしなァ」
額の冷たさが何とも言えない心地良さで、
暗い視界の中で、上から降ってくる声がゆらゆらとしている。
落ちる寸前、優しい音が響いた気がした。
「おやすみ、…いい夢を」
珍しく俺は風邪をひいた。
仕事、仕事にかまけた罰か?
己を省みる必要があったのかもしれねェな。
秋空の下、何となくいつもとは違う空気に戸惑いながら、そんな事を考えていた。
でも、お前のお陰で今日はゆっくり眠れそうだ。
…余計な事は、また明日考えればいい。
取り敢えず今は、額の冷たい温度に身を任せようと思う。
そんなカゼひきな俺と、秋空の下での一日。
――――――――――
またまたお久しぶりな感じで登場しました(・ω・)
相変わらずヌルい銀土劇場なのはご愛嬌ってことでひとつ…
いや〜しかし最近めっきり寒くなりましたねー
冬になるにつれ、
あたしの部屋がどんどんどんどん気温低下していくので、
そろそろ湯たんぽと再会する頃合だなぁと考えております。
部屋の中で吐く息が白いてどないやねーん(´ω`)
…まぁ、そんな感じで。
カゼひいたら是非土方さんにお見舞いに来て欲しいあたしでした(>∀・)bキャルーン
08/11/23