「恋人達のクリスマス」って、誰が言ったのかな。
去年までは理解出来なかった、今日―――クリスマスという日を。
「優しくキスをして」
「む〜すごい人……」
右を見ても人。
左を見ても人。
完全に人に包囲されている。
……私は今、人混みに埋もれていた。
今日は12月24日。
俗に言う「恋人達のクリスマスイヴ」。
まぁ言われてみれば確かに、あちこちで仲良く、
ってゆーかいちゃいちゃしまくりのカップルを見かける。
かぶき町もクリスマスシーズンにあやかって、
綺麗なイルミネーションで彩られているのだ。
その為にいつも以上に明るく感じるし、いつも以上に人が集まっていた。
ここまで人がいっぱいだと気持ち悪いな……
軽く人酔いした私の耳に、
それらしいと言っちゃあそれらしい声が届いた。
それはカップルだらけの中で1人、
明らかに浮いた発言を平気で放った人間の声だ。
「俺ァクリスマスが嫌いなんだよ」
そうやって吐き出すのは、我らが万事屋銀さん。
彼も私と同じ様に人波にもまれながら、舌打ちを繰り返していた。
「人様の誕生日になーんでこうも盛大なイベントが催される訳?」
意味がわからん。
そうぼやきながら行く手を阻むカップルの間をずんずんと進んでいく。
それにはぐれないように、私は必死になってついて行く。
「ですよね!私たちは必死にお仕事してたってゆーのに!」
そうなんです。
私たち万事屋一行は、イヴなのに土木工事してきました。
なんでもイヴとかそうゆう行事時は稼ぎ時なんだそうで。
その仕事もついさっきに終わり、
思春期少年と酢昆布少女を志村家に送り届け(なんでも銀さんはこの後飲み歩くらしいので、神楽ちゃんは志村家にお泊りなんだそうです)、
珍しく銀さんが出掛けついでに送ってくれると言うので、るんるんとしていたのに。
そのうれしい気持ちの矢先に、
こうも人波に押し潰されそうになっているのだから……
余計に腹立たしい。
「あ、銀さぁん、待ってくださいー!」
先を歩く背中にそう声を掛けた時、すれ違った人間と肩がぶつかった。
いや、正しくはぶつかってきた。
しかもかなりの勢いで。
きゃっと呟くのと同時に、案の定私はよろめいて転びそうになった。
途端ひょいと片腕を掴まれて、それに驚いて見上げると、
先を歩いていた筈の銀さんが支えてくれていた。
「大丈夫か?」
「えっハイ」
「あーあー。ほんっとお前は危なっかしいな……」
そうため息交じりに呟いた後、
再び人混みの中を歩き出した銀さん。
しかしさっきと違うのは、
幾分か歩くスピードがゆっくりになったことと、
彼の右手に私の左手がすっぽりと覆われていること。
私の口元が思わず緩んだ。
人酔いしている筈で、しかも転びそうにもなったと言うのに、
左手の温かさだけでそうゆう嫌なこと全てを帳消しに出来そうだった。
「やっと人混みから脱出……」
私は大きく息を吐いた。
さっきとは打って変わって、私たちは今、
私の家まで数メートルの距離の小さくて静かな公園にいる。
なんとか人混みを抜けたのはいいけれど、
2人とも結構な体力を消耗してしまったので休憩することにしたのだ。
「あーダメだ、俺死んじゃう、過労で」
ドカッと遠慮なくベンチに腰掛けた銀さんが、
低く唸りながらそう言って嘆いた。
「だからクリスマスなんて嫌いなんだよ俺ァよォ」
大きくくしゃみをして、ずっと鼻をすする銀さんに、
私はさっきこっそり自販で買っておいたホットココアを1つ差し出した。
「ハイ、銀さん」
「お?なになに、くれんの?」
「えぇ、どうぞ」
そーかィ、悪いね。
そう言いながら嬉しそうに受け取る銀さん。
それに笑顔で応えてから、私は隣にちょこんと腰掛けた。
公園はひどく寒かった。
風はないけれど、空気が冷たい。
さっきまで人混みにいたせいもあるんだろうけれど。
冷たい空気の中に息を吐き出しながら、ぬくぬくと温かい感触を感じ取る。
視線を掌に納まるココアに落として、じっと見つめた。
―――私はホットココアなんかより、
さっき繋いだ掌の方が温かく感じたんだけどな。
そんな事をぼんやりと思う。
銀さんはなにを思って手を引いてくれたのだろう。
ただ単に、私が転びそうだったのを助けただけなのかな。
……それとも。
ちらりと、少し期待を宿した眼で彼を見やる。
それに気付いた彼が小さくなんだよ、と呟いた。
それとも、銀さんも少なからず私の事を想ってくれているのだろうか。
一瞬だけそんな事を思ってみたけれど、すぐに首を振った。
そんな思い上がりも甚だしい事……ありえないな、と。
「……銀さん」
「んー?」
―――私のこと、どう思ってますか?
「……真赤なお鼻のトナカイさんみたいになってます」
「え、うそ」
そう応えると、彼は右手で鼻の頭を撫でた。
彼の鼻は寒さのせいで少しだけ赤くなっていた。
私はふ、と笑みを零した。
「銀さんはクリスマスが嫌いなんですよね」
「あー?あぁ」
鼻を気にしながら生返事で応えた彼に、
私は立ち上がって背伸びをしながら「私もです」と言った。
「私もクリスマスは嫌いなんです。人が多いし、人が多いし、まぁ人も多いので」
「確かに、あの人の多さと浮かれ気分には苛立ちを掻き立てるしかないな」
うんうんと頷いている彼に、私は「でも」と続けた。
「でもね、銀さん」
「ん?」
「なんだか好きになれそうなんです、今年は」
そこで言葉を切って、私はそっと微笑んだ。
「だって今年は幸せですもん」
そう呟いてから、
彼の赤くなった鼻先に、ちょこんと優しくキスを落とした。
途端眼を丸くする彼。
私はにこっと笑った。
銀さんがなにを思って私の手を引いたのか。
単なる救いの手を差し伸べてくれただけかもしれないし、
もしかしたら、なんて淡い期待もある。
確かに銀さんの心の中とか、ものすごく気になる。
気になるんだけど、でも、
それ以上に手を繋ぐ口実が出来た事に私は幸せを感じた。
幸せだったんだ、銀さん。
あの時は、とても。
未だ温もりを忘れていない左手が何よりの証拠なんだよ。
嫌いだったクリスマス。
だけど今年は貴方と過ごせた時間。
……好きになるには充分すぎる理由でしょう?
「メリー、クリスマス」
そう一言だけ呟いて、私は彼に背を向けた。
優しくキスをして、その後は、
さぁ果たして何が待っているのだろうか。
――――――――――
銀ちゃんクリスマス(イブ)夢。
……夢、なのか?(おい
また中途半端に終わってしまったぜ……!!
やっぱ久々に書くと難しい。
改めてそれを痛感しました…凹。