一応心のどっかでは覚悟してたんだよ。
それでもやっぱ寂しいや……
「優しくキスをして」〜白紙のカレンダー〜
12月25日。
世間ではクリスマス。
街も人も何もかもが浮かれ気分。
それとは反対に私の気分は落ちる一方だった。
「仕事、かぁ」
ふぅとひとつ息をついて、カレンダーを覗き込む。
赤字で私の予定、青字で彼の予定が書き込まれたそれは、
師走の始まりから見事に年末まで、更に言えば次の年の頭まで青で埋まっていた。
……一日だけを除いて。
「仕方ないよね」
予定も何も書かれていない、一日。
それは今日、25日だった。
だけど彼はここにはいない。
さっきからこの独り言を繰り返し呟いては、
自分に言い聞かしていた。
付けっぱなしのテレビから、ニュースの音楽が流れ出す。
午後9時前。
この番組では、今日の夕方街頭で起こった暴動騒ぎが報道されていて、
そこに彼を始めとする真選組メンバーが映っていた。
真選組副長のトシ。
いくら休みを取っていたって、いくら私と一緒に居たって、
こんな暴動の連絡が入ってしまえば、その現場に行くに決まっている。
……その度に私がひとりぽっちだって事、気付いてるかなぁ。
そんな事をぼんやりと考えていると、玄関が開く音が聞こえた。
慌ててそこへ駆けつけると、ほんのり疲れを浮かべたトシが立っていた。
「おかえりなさい」
「あぁ」
「遅かったね」
「ちょっと…道が混んでてな」
そう応えて、すたすたと歩いてリビングへ向かう背中。
それはなんだかいつも以上につれない。
別に……ただいまのちゅうとかを期待してた訳じゃないけどさ。
せめて抱きしめるとかさ……してくれてもいいと思うんだけど。
そんな事も思ったけれど、つれないのは疲れてるせいなんだと言い聞かせて、
前を歩く背中を追いかけた。
「今日中に帰ってこれてよかったじゃない。これでクリスマスが出来るね」
そう言って私が喜んだのも束の間で、
それに応えるように彼がボソッと呟いた。
「……そんなにこだわる事か?クリスマスって」
「え?」
「別に特別扱いする必要もねーだろ」
相当夕方の暴動で堪えたらしい。
はぁとため息をついた彼に、私は必死で抗議をした。
「ゆっ……夢がないぞ、トーシロー!」
「あん?」
彼が眉を寄せる。
それに応えるように、私は自分でもよく解らない理屈を並べた。
「クリスマスはねぇ、聖なる日なの!
その聖なる日に、好きな人と居たいって思うのは間違ってる事なの?!」
「いや、間違ってはないと思うけど、でもだからって別に……」
思いのほか私が食いつくもんだから、彼は焦って弁解しようとした。
それでも私は止まらなくて、彼の弁解を遮って続けた。
「トシには普通と何も変わらない一日なんだろうけど、
私にとっては大事な日だったんだから!」
つい口調が強くなってしまった。
言葉を失って眼を丸くした彼に、
勢いを無くした私は消え入るように言った。
「いつも仕事が忙しいトシと、唯一一緒に過ごせる日だったんだもん……」
白紙のカレンダーは、彼との唯一の時間。
何日も前からずっと楽しみにしてたのにな。
……ある程度予想はしていたけれど、
それでもやっぱり期待していた分、裏切られたような想いが胸を締め付けている。
……トシの馬鹿。
別にトシが悪い訳じゃないと、ちゃんと解ってはいるけれど、
それでも何故だかすごく哀しくなって、一筋涙が零れた。
それを手の甲で拭い、ずっと鼻をすすって。
それから彼に背を向けて、私はソファに座り込んだ。
いいよ、もう。
そんなに仕事が好きなら屯所に行けばいいじゃない。
ソファの上で膝を抱えてすねる私に、
小さくため息をついた彼が声を掛けた。
「」
応えずに、すん、と鼻を鳴らす。
「」
彼が、もう一度名前を呼んだ。
「……なに」
小さく低く呟いた私に、
彼が「あー…」と数回躊躇ってから言った。
「その……悪かったな。今日だけじゃなくて…いつもひとりにさせて」
「いいよ、もう。今日ぐらいは一緒に居たかったけど、もういい」
その後でまた少し沈黙が流れたけれど、
やっぱり何度か躊躇った後すぐ、彼が続きを紡いだ。
「お前は“今日ぐらいは”って言うけどさ、俺はクリスマスだけじゃなくて、」
―――ずっと傍にいて欲しいと思ってんだけど……
その言葉の後でゆっくり振り返ると、
そっぽを向いた赤い彼の横顔が、「それじゃダメか?」と付け足した。
「……ダメじゃないよ」
赤い横顔がそっと私を捉えて、
その瞬間、私の頬にはさっきとは違う涙が伝っていた。
「全然ダメじゃない」
彼の手には、銀色に光る小さなものが握られていた。
そんな事、このタイミングで言うなんて卑怯だよ。
そうやって彼の腕の中で呟くと、彼は額にそっとキスを落としてから、
「どのタイミングで言っても、お前はそう言うだろーが」と、笑った。
左薬指に収まった光も、「その通りだ」と言っているように見えた。
これから私は、何枚も白紙のカレンダーと向き合うでしょう。
そうしてそれらにはきっと、今日という日に大きくしるしが付けられていくんだ。
「土方ねェ……似合うんだか似合わないんだか」
そう言って笑った彼との思い出の日。
その新しい記念日を、永遠に忘れたりなんてしない。
何年、何十年先も。
Merry ]’mas!
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久しぶりの十四郎さん夢です。
クリスマス……終わったのにクリスマス夢かよ。
…まぁいいか!(結論早)