気付いたら僕は、何だか真っ白な世界に居ました。
若い頃の、大好きなあの人と一緒に――――――
『夢の後の約束』 Koshiro ver
「あれぇ……」
気付いたら僕は、真っ白な世界に1人でいた。
ココ、どこだろうな。
夢の中かな。
ただただ白いだけの空間だけど、
不思議と恐怖はなくって、懐かしさと安心感が僕を取り巻いていた。
ふと誰かの呟く声が聞こえた。
僕のほかにも誰かいるのかな、と後ろを振り返ると、
いつの間にか現れた黒髪の男の人が倒れていた。
一瞬怪しい人かと思った。
でもすぐに、少し違う、けど見慣れた姿だと気付いた僕はそっとそこへと近付いていった。
やっぱり……
父上にそっくりだ、この人。
傍にしゃがみ込んで顔を覗く。
そこにはいつもの父上が少し若返ったような顔があった。
……なんだか不思議な事になってるな。
そう思った僕は取り敢えず、
未だ目を閉じたままのこの人を起してみる事にした。
でもやっぱり少し怖いから、遠くの方で声を掛ける。
「ねぇねぇ」
声を掛けて少し後、彼はゆっくりと目を開けた。
起き上がって辺りを見回している彼は首を傾げている。
「夢でも意識ってあるんだな」
僕は目を覚ました彼の後ろにそっと近付いて、つんつんと裾を引っ張った。
見上げる大きな背中がくるりと振り返る。
そうして僕を見た瞬間、彼は不思議そうに眉を寄せた。
「チビ、お前どーしてここにいるんだ?」
彼がそう尋ねた時、僕は思わず感嘆の声をあげてしまった。
「うわー……」
見上げる彼の表情が、本当に父上そっくりで。
降ってくる声も、聞き慣れているものだったから。
そして僕は、徐に呟いた。
「……若いなァ」
「はぁ?」
「あ、いや、何でもないよ!」
ますます眉間に皺を寄せる彼に、僕は慌てて口を覆った。
危ない、危ない。
『僕、多分貴方の未来の息子です』なぁんて言えないよね……!
……でも。
何かさ、写真で見たまんまだネ。
そう思いながら、少し若いその顔をじっと見やる。
僕が眠る前に母上が見せてくれた写真……
あの父上とそっくりなこの人。
そうなるとやっぱり、本人なのかなぁ。
取り敢えず、聞いてみよう!
えーと、と小さく呟いた後、
僕はにっこりと微笑みながら尋ねてみた。
「えと、アンタが土方?」
しかし、一応確認の為に聞いたその一言が、
どうやら彼のご機嫌を損ねたらしかった。
「アイタタ、何すんだよォ」
次の瞬間には、僕の頬が斜め上へと引っ張られていた。
その技を決められた瞬間、
もうこの人は絶対に父上の若い頃だ、と僕は確信した。
今の父上が最も得意とする技で、これがなかなか痛い。
若い頃のそれも勿論、嫌と言うほどに痛かった。
「てめー、年上にんな口の利き方していーと思ってんのか?」
……しまったなぁ。
この間も『口の利き方には気をつけろ』って怒られたばっかりだったのに……
「ご、ごめんなひゃいごめんなひゃい!」
一生懸命に謝ると、つねっていた指先の力が抜けた。
わかればいい、と言わんばかりの彼の顔はやっぱり今と変わらない。
変わっていない事への安堵感と頬の痛みから、思わず苦笑いが零れた。
「ちぇ、コレはこの時からもう既に健在なのかァ」
「あ?何か言ったか?」
「んーん」
じんじんと痛む頬を軽く撫でる。
まぁ慣れっこだから平気と言えば平気なんだけどね。
その時、ポンと彼の掌が僕の頭に置かれた。
見上げると、じっと見つめる視線と重なった。
「お前、ここに何しに来てんだ?」
不思議そうに尋ねる彼に、僕も一瞬考える。
そう言えば何でだろ……
気付いたらここにいたんだもんなぁ。
う〜んと……。
ちょっと考えて、僕は呟いた。
「え……とね、会いに来たの」
「……誰に」
……誰にって言われちゃった。
それは、きっと……
じぃっと彼の瞳を見上げる。
それに気付いた彼が「俺、か?」と尋ねた。
言葉には出さなかったけど、代わりに首を縦に振った。
僕ね、きっと貴方に会いに来たんだと思うんだ。
……何でかはわからないよ。
だけど、何となくそんな感じがするんだ―――……
ますます不思議そうな顔をする彼。
そんな彼の腰に提がっているモノに、僕は視線が釘付けになった。
「あ!」
声を上げると、彼が再び尋ねた。
「何だ?」
「それ」
「ん?」
そうして彼の視線も、僕が向いている方へと向けられた。
視線の先には、父上の大事な……
何も言わずに視線を向けていると、これがどーした?と彼が言った。
僕は呟いた。
「その剣、大事なんだよね?」
「……あぁ、そーだけど」
やっぱりそうなんだ。
この時から、ずっと大事にしてるんだね。
今も暇さえあれば手入れしているその剣が……
「母上が言ってた。剣を握る人は、何かを護る為に剣を抜くんだって。
……護る物があるんだよね?」
剣を見つめる彼へと視線を向ける。
彼は柄に手を掛けて、微笑みながら呟いた。
「……まァな」
今も昔も、父上はその剣で護るべき物を護ってきたんだね。
かっこいいなぁ……
気付いたら僕は、まだ誰にも打ち明けた事のない夢を口にしていた。
「僕も、誰かを護る為の剣を持ちたい。……父上のように」
僕の目標である父上に。
尊敬する、父上に近付いて。
……いや、追い越してみせるんだ。
彼の大きな掌が握る剣をじっと見つめる。
少しの沈黙の後、彼が言葉を紡いだ。
「お前の親父も剣士なのか」
「うん。大きくなったら今度は僕が護るんだ。父上も、母上も!」
大きく頷いて彼を見上げると、
そーかと小さく呟いた彼の手がポンと僕の頭上に置かれた。
「それ、忘れんじゃねーぞ」
くしゃっと髪を撫で、彼は優しく微笑んだ。
その顔が嬉しくて僕もつられて微笑む。
「忘れる訳がないよ。だって僕は……」
そこまで言いかけた時、
ふいに遠くから聞き覚えのある声が響いた。
「輝四郎」
一瞬、だけど確かに僕の耳へと届いた、僕の名前を呼ぶ声。
誰?
……あぁ、そうか。
「あ」
母上だ。
母上が僕を呼んでるんだ……
彼の掌の下で、僕は小さく声を漏らした。
「母上が僕を呼んでる……父上が帰ってきたみたいだ!」
「あ?」
彼には母上の声が聞こえていないのかもしれない。
でも、僕には聞こえた。
そして、見えるんだ。
遠くの方でうっすらと。
白い世界に揺られながら、母上が僕を起こす映像が。
……僕がいる、現実が。
不思議そうに眉を寄せる彼をよそに、僕はにっと微笑んだ。
「サヨナラの時間みたいだ」
「サヨナラ?」
「うん、でもまた会うけどね!」
そう、どうやらこれでお別れみたい。
きっともうすぐ、この夢は終わっちゃう。
だんだんと父上の姿がぼやけてきているから。
その代わりに、僕の後ろ側に一段と眩しい光の渦が出来た。
きっとあの渦が帰り道―――
未だよく解っていないっぽい彼に、
僕はもう一度だけ微笑んで、くるりと渦の方へと振り返った。
そしていざ走り出そうとした時に、後ろから彼が呼び止めた。
「なぁに?」
「また会うって何でわかるんだ」
その質問に僕は少し考えて、その内解るよ!と笑った。
今、全部を話しちゃったら面白くないもんね。
未来のお楽しみだよ、父上……
そうして僕は、何かに驚いて立ち尽くしている彼に再び背を向けた。
「今は何も言わないでおくね」
「え、オイ!」
「へへっ」
そうして再び走り出す。
だけど、もう一度だけ彼の方へと振り返った。
どうしても言っておきたい事があったから。
「煙草はほどほどにね―――!」
少し遠くなった彼に、手を振りながら叫ぶ。
母上が煙草を控えてっていつも言ってたのを思い出したんだ。
……病気で死んで欲しくないんだもん、父上には!
だんだんと彼の姿は遠くなって、白い光に包まれ始めた。
そして僕が光り輝く渦へと差し掛かる少し前に、彼が再び尋ねた。
「お前、名前は―――?!」
その質問に、僕は大きな声で叫んだ。
父上がくれた、僕の誇り。
「輝四郎だよぉぉぉ」
そう叫ぶと同時に、僕は渦へと到着した。
いよいよ僕は、現実の世界へと向かう。
この不思議な空間に別れを告げて。
「またね―――」
『またね、父上―――!!』
僕が最後に叫んだ言葉は、彼の耳に届いていたかな。
それにしても……写真で見たまんまだった!
若い頃の父上はやっぱりかっこよかった。
僕もいつか、あんな風になるのかな……
そんな事を考えながら、光り輝く世界を背に僕は駆けて行った。
元の世界へ。
未来の、僕の居る世界へ。
「ん……」
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。
辺りをふわふわとおいしそうな香りが漂っていて、
そうか、もう夕飯なんだなとうっすら思った。
香りのする方へ、まだ少しぼんやりする視界で歩いていく。
徐々に光が差し込んでくる。
その光の下で、僕は大好きな後姿を見つけた。
僕に気付いたその大きな背中が振り返る。
腰に下がっていた剣が、揺らいだ。
「輝四郎」
そう名前を呼ばれる前に、僕は駆け出していた。
そしてポスッと音を立てて抱きつく。
「おかえりなさい、父上」
そう言うと、あの夢と同じ様にそっと微笑んだ後、
大きな掌で頭を撫でてくれた。
「ただいま」
僕がにへっと笑ったのと同時に、奥から母上が顔を出した。
「あ、輝四郎起きた?」
「うん」
父上にしがみつきながら大きく頷くと、母上は嬉しそうに笑った。
「よく眠るところまで十四郎にそっくりね」
何か言ったか?と振り返る父上に、母上は「別に何も」と首を振った。
僕は父上から離れて、そっと母上の傍へ駆け寄った。
「母上」
「なぁに?」
「僕……父上みたいになれると思う?」
こっそりと耳打ちで尋ねると、
母上は優しく微笑って「勿論」と頷いた。
「輝四郎は父上にそっくりだからね、きっとなれるわ」
口の悪い所まで本当によく似てるし、と僕の頭を撫でた後、
「それじゃあ夕飯にしましょうか」と微笑んだ。
「うんっ」
その時僕は、嬉しく幸せな気持ちで満たされた気分になった。
父上。
父上は覚えてくれているかなぁ。
僕が生まれる前、夢で出逢った事。
光り輝く夢の中で……
あの時、忘れんじゃねーぞと父上は言ったけど。
忘れる訳がないよ。
だって僕は……
母上に見せてもらった1枚の写真。
そこには夢でみた姿の父上と。
今より少し若い感じの母上と。
赤ん坊の僕が写っていて。
幸せそうに笑ってた。
僕をそっと抱えるようにして。
愛され、護られて生まれてきた僕。
だから今度は僕が護る番なんだ。
忘れる訳がないよ。
だって僕は―――
護る為に剣を抜く、侍の息子だからね!
――――――――――
息子、輝四郎verを勝手に書いてみました!
6〜7歳の設定ですが……
むぅ、パパになった土方さんは想像が出来ませんねぇ。
銀ちゃんと同じく子煩悩な感じになりそうですが、気のせいですか?
そう言えば「この時代、写真ってないんじゃ……」と友拉致に呟かれました。
……プリクラあるんだからきっとある、と信じたいです!!(焦)