夏は好きじゃない。

海とか花火とかお祭りとか、楽しいことはたくさんあるけど。

でもその分、彼と過ごす時間が限られてきちゃうから。

…だから夏は好きじゃない。









「夏夢」



















ガンガンに照りつける真夏の太陽も大分西に傾きかけてきた頃、

涼しい風が吹き出した街の中で、ふと足を止めた。



「そっか、明日か」



ぼんやりとした私の視線がとらえるのは、

街中に貼られている、明日のお祭りのポスター。

明日のお祭りは川原で一年に一度開かれる大きなもので、

将軍様も来るとか来ないとか、花火も上がるとか上がらないとか。

まぁとにかく江戸をあげての一大イベントである。



前々から至る所に張り出されているのは知っていたけど、

なんとなく、自然と見ないようにしてきた。



?」



ふいに名前を呼ばれ、はっと我に返る。

呼ばれた方を見やると、不思議そうに眉を寄せた彼が立っていた。



「あ、ごめんね、トシ」

「…どうかしたか」

「んーん、なにも!」



明るく笑って見せた私に、ふーん、と小さく呟いて、

くわえていた煙草を携帯灰皿に押し付けた後で、

彼がそっと右手を差し出した。



「じゃ、帰るぞ」

「…うん!」



私は彼の傍へ駆け寄って、その右手を力強く握り返した。

























本当はね、トシ。

このお祭りに2人で行きたかったなー、なんて考えてたよ。

でも大丈夫、ちゃんとわかってる。



去年は攘夷一派による騒動があったみたいで、

今年は更に厳重な警備がしかれる事になった。

そんなの、真選組副長が駆り出されない訳がないよね。



お仕事の邪魔になるようなことは言えない。

…これはしょうがないことなんだから。

大丈夫、…わかってるよ。

























次の日。

そろそろ夕飯の支度をしようかな、と思った時、

ふいに携帯が鳴った。



「電話?誰からだろ…」



食卓に置きっぱなしだった携帯の液晶をのぞく。

チカチカと点滅するその名を見て、私は慌てて電話に出た。



「よぉ」

「トシ?あれ、今仕事中でしょ?」

「あぁ、まぁな」



祭りの警備のために昼過ぎに出掛けていった彼。

まだまだ仕事中で、ってゆーかこれからが本番の筈。

電話の向こうからはざわざわとした人波の音が聞こえてくる。



「どうしたの、仕事中に電話なんて」



メールは何回かあるけど、電話は珍しいね。

そうやって言うと、ちょっとな、と彼が笑った。





「うん?」

「お前、○△神社知ってるよな」

「え?」



知ってるも何も、

今現在、彼がいるところ…今日のお祭り会場。

の、すぐ脇にある神社。

ポスターにでかでかと書かれていたし、知らない訳がない。



うん、わかる。と相槌をうつと、

それなら話は早ぇなと彼は言った。



「じゃあ8時にそこの境内な」

「…へ?」

「ついでにクローゼットん中にある白い箱、お前にやるから」

「え、ちょっ」

「じゃ」



待って、と言おうとした私に相反して、

彼の声はプツンと途絶え、耳元で虚しい機械音が鳴り響いた。



…切りやがったよ、あの男。

え、何アレ、用件のみ?

知りたきゃ8時に来いってか。



待ち受け画面に戻った液晶をしばらく見つめる。

時計は7時15分前。



8時ってことは…えーと、何分に家を出ようかな。

あっ晩御飯の準備…は、まぁいいか、まだ作ってないし。

えっと次は…、ん?待て待て。



出掛ける準備をし始めて、ふと、彼の言葉を思い出した。



「白い箱?」



…そんなのあったかな。

疑問に思いながら寝室へ向かい、クローゼットを開けてみる。



「…あるし」



何枚かかかっている彼の服の下にその箱はあった。

突然のプレゼント宣言に少しドキドキしながら、

結構大きめなサイズのそれを出して、そっとふたを開けてみた。



「…これは」

























午後8時。

私は約束通り境内に立っていた。

真っ暗だったらどうしようなんて思いながら来たけど、

祭り会場が近い分、そこの境内は割と明るくてあまり怖くはなかった。



遠くはないところから太鼓の音や祭り特有の匂いやざわめきが、

静かな境内に流れてくる。

私は石段の上に腰を落ち着かせ、携帯を開いた。



「…8時5分」



誰よ、8時に来いって言ったの。

…あー、なんかお腹すいてきたかも。



ぼんやりと珍しく澄み渡った夜空を見ながらため息をついた。

と、その時、光のほうからこちらに歩いてくる姿が見えた。

あぁ…この位置からでもわかる。

見慣れた立ち姿に、揺れる煙草の灯、煙。



「早かったな」



きゅ、と煙草を灰皿に押し付けながらトシが言った。



「まぁね」



巾着袋に携帯を仕舞いながら、時間通りに来たんだけどね、と

軽く嫌味を込めて返すと、ふっと笑っただけで彼は何も言わなかった。



「仕事は?」

「山崎に押し付けてきた。少しぐらい俺がいなくても平気だろ」

「…いいの?それで」



トシが仕事を抜け出したなんて知ったら、きっと皆驚くだろうね。

そう言う私には何も返さず、彼はしばらく私を見つめていた。



「あの、えーと…どうですかね」



なんとなく恥ずかしくなって、

立ち上がり様にくるりと回ってみせた。

その拍子にかんざしの飾りと帯がふわっと風に揺れた。



「急いで着たから…ちょっとおかしくなってるかも」



何しろ準備時間がわずかしかなかったからね、と

肩をすくめてみせた私に、彼はふーんと呟いて



「ま、俺の目に狂いはなかったな」



と優しい目をして笑った。



「…似合ってる」

「…あ、ありがと」



まさかあのトシに真正面から褒められるとは思っていなかったので、

なんだかすごく照れくさくって、顔が熱くなるのがわかった。









トシがくれると言ったあの白い箱の中身は、綺麗な色の浴衣だった。

多分彼のことだから、私が前に浴衣でお祭りに行きたいなぁ、

みたいな事を言ったのを覚えていてくれたんだと思う。



…彼は一体どんな顔をしてこれを買いに行ったんだろう。

そう思うと、自然と頬が緩む。

浴衣の裾がひらひらと、静かに風に揺られた。



「ねぇ、トシ」

「あ?」



私は、私がいた石段に座っている彼の横に腰掛けて、

もう一度星が輝いている夜空を見上げた。



「浴衣…ありがとう、すごく嬉しい」

「…あぁ」



新しく取り出した煙草の煙が

そっと私達の周りを吹き抜けていった。









ふと、再び太鼓の音が耳に届いて、

その音でそう言えばまだ祭りの最中だという事を思い出した。

隣の彼に尋ねてみる。



「ねぇトシ、仕事戻らなくていいの?」

「あぁ、そろそろ戻るけど」

「…そっか」



じゃあ、私もそろそろ帰ろうかなぁ。

そう言って立ち上がると、なぁ、と彼が呼び止めた。



「お前、この祭り来たかったんだろ?」

「えっ」



なんでわかったの?と振り向くと、呆れ顔の彼が肩をすくめた。



「わかりやすいんだよ、お前は」

「そ…そうですか」



本当はね、トシと一緒に来たかったよ。

でもトシは警備で忙しいし、無理だよなぁって…諦めてた。

正直にそう打ち明けると、まぁ残念ながらと彼が言った。



「祭りは一緒に回ってやれねぇな」

「あぁやっぱり」



ちょっと期待してた私がおバカさんでした。

そう口を尖らせる私に、だが、と彼は続けた。



「その後の花火ならいいぞ」

「えっ本当?!」

「…じゃなきゃわざわざ仕事中に電話なんかしねーよ」



そう言って立ち上がった彼が、

いつかと同じ様にそっと右手を差し出した。



「行くぞ」

「へ、どこへ?」



差し出された大きな掌に自分の左手をのせ、

スタスタと歩き出した彼に歩幅を合せる。



「取り敢えず祭りの間は真選組の待機場所にいろ」



そこには総悟がいるから大丈夫だろう。

…アイツと一緒ってのはムカつくがな。

そうぶつぶつと呟く彼に、



「…なぁに、一人で歩かれるのは心配?」



それならまだ総悟くんと一緒の方がマシって事かな?

そうにやりと笑ってやると、

彼はそっぽ向いたまま、悪いかと答えた。



…その姿にとても愛を感じて、胸がきゅんとなった。



「大丈夫だよ、トシと一緒じゃなきゃつまんないもんね」

「…あぁ、そ」



大きい掌がきゅ、と力強く私の手を包む。

それに応えるように、私もそっと握り返した。

そうして私たちふたりは、

光と人に溢れるほうへ並んで歩いていった。

























…夏は好きじゃない。

海とか花火とかお祭りとか、楽しいことはたくさんあるけど。

でもその分、彼と過ごす時間が限られてきちゃうから。

一緒に過ごしたい人と過ごせないなんて、寂しすぎる。



だけどこうして、

浴衣を着て、花火を見て、

大好きな人のいつもと少し違う表情が見れたから。



…だからちょっぴり好きになったよ。



来年はもうちょっと好きになれるかな?

それはきっと貴方次第だろうね。















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久しぶりに土方さん夢…夢?(聞くな)に着手しました。
夏の恋が書きたくなって…いやまぁ今夏ですけど。
もう終わりそうですけど、ハハッ!課題全然終わってないですけど、ハハッ!(涙)
…土方さんが女の人に浴衣をプレゼントなんて、よくよく考えたら有り得ない(´ω`)笑
でもまぁいいじゃないの、彼女の喜ぶ顔が見たかっただけなんでしょう、彼は(^ω^)
それだけなんですよ、えぇ(←何キャラ)