この距離がもどかしいのも事実。

この距離が恐ろしいのも―――また、事実。









「ほんのちょっと手を伸ばせば届く距離」〜遥か〜



















「……終了、と」

トンッと書類を整理した後で軽くその場で背伸びをする。

厄介な仕事も一区切りし、取り敢えず一服でもするかと考える。



「今日はいい天気だしなァ……」



長い事大人しくしていた腰を浮かせる。

そうして短くなった煙草を灰皿にこすり付けてから、俺は部屋を後にした。









太陽が暖かく照りつける縁側。

そこを暫く歩いていると、ある光景が視界に飛び込んできた。

……それを見て、口元が緩むのが自分でもよく解った。



そこに腰掛けていたのはだった。



コクリ、コクリと首が何回か小さく揺れる。

俺は隣にしゃがみ込んで、おーいと小さく耳打ちをしてみた。



「オーイ。馬鹿でもなァ、風邪ひく時はひくんだぜ?」



いくらそう呼びかけてみても、コイツは何処まで能天気なんだろうか、

むぅと小さく唸った後で、続けてすーすーと規則正しい寝息を立てる。



―――ダメだ、起きる気配ゼロだコイツ。

うたた寝がマジ寝になってるじゃねーか。



そんな事を思いながらも、ふっ、と小さく笑みを零す。

その瞬間、が再び小さく唸った。



……眉間にシワ寄ってら。



眉間のシワが消えたかと思うと、今度は変な顔になった。

普段からコロコロと表情が変わる彼女は、

どうやら眠っている無意識の間にも表情を変えるらしい。

大発見だ。



「変な奴……」



新たにくわえた煙草に火をつけようと金属音を響かせた時、また彼女の表情は変化した。

その表情に、今度ばかりは驚かざるを得なかった。



……彼女の目尻から大きな粒が一滴、頬に筋を作りながら流れた。

そうして同時に消え入りそうな声でそっと呟いた。







「近藤さん……」







それは、俺の目を釘付けにするには充分すぎる一言だった。

























「近藤さんを好きなの」

いつかお前はそう言った。

少し切なさを残しながら、それでも笑顔ではっきりと。





「俺はお前が好きだ」

そんな事言える訳が無い。そんな顔されたら、何も。

告げようと思った言葉は喉につかえ、搾り出した言葉は全く別のものだ。





「そうか……ガンバレ」





―――あぁ、俺は自身の一言で首を絞めた。

募るものは痛みと、切なさだけと解っていた筈なのに。

























の涙は静かに風に流されていった。

それと一緒に煙も運ばれていく。



―――あぁ、コイツは夢の中でも泣いているんだな……



そう思うと、何だかやり切れない気持ちでいっぱいになった。

自分は何もしてやれないから、余計に。





涙を拭いたくても、俺には拭えない。

何故なら彼女が求めるのは俺じゃないから。

俺以外の、人間だから。



……全く、切なすぎる。



こんなやり切れない想いを感じるぐらいなら、

あの時告げていればよかったかもしれない。

そう思わずにはいられない。





何て……馬鹿だったのだろう。

あの時もしも言えていたら、俺達はどうなっていた?

……もし、言えていたら。



そこまで思った後で、俺は小さく自嘲した。

「どうもなる訳が無い」と。







今はもう静かに寝息を立てる彼女の横で、

ふーと長くゆっくり煙を吐いた。

そうして軽く首を振る。







告げていたら、お前を困らせるだけだったし、

今以上に距離を感じるハメにもなったろう。

そして、築き上げた信頼は一瞬にして消え去る。





……ダメだ。

お前を失うかもしれないと思うと、どうしても身がすくむ。





いつから俺はこんな人間になったのだろう。

人ひとりを失う事を怖いと思う弱い人間に。





……いや、これがきっと人間というもの。

弱いから、誰かを求めずにはいられない。





俺が彼女を求めるように、

彼女が近藤さんを求めるように。





届かなくても手に入れようと。

手に入らないと知りながら、それでも精一杯伸ばして。

俺達は何がしたいのだろうか。





足掻いてもがいて、涙を流して。

それでも恋焦がれる気持ちは止まる事もなく。



胸が締め付けられて、後悔して。

それでも恋焦がれる気持ちは消えやしない。



―――消えるもんか。

























隣で眠る彼女までは、ほんの少し。

そのほんの少しの隙間に立ちはだかる、分厚く作られた壁が見える。

向こう側のお前はどんな顔をしてる?





結局涙は拭えず、俺は再び後悔の念に駆られるだろう。





―――自身のあの一言が、未だに鬱陶しく取り巻いている。















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「背中の重み」続編…って感じですか?(聞くな)
何だか非常に中途半端になってしまいました。
いや、中途半端なのはいつもの事ですが!
「手に入れたいけど、壁を乗り越える勇気がない。失うのが怖いから…」
ってゆう想いが今回のコンセプト!だった筈でス!(ぉ