「ごめんね」
最後に見たお前の表情が、いつまでも脳裏に残っている。
「他に好きな人が出来たと言われた」〜精神安定剤〜
俺は新しく懐から煙草を取り出した。
もう何本目になるだろう?
―――そんな事、いちいち数えもしない。
吸いすぎて怒る奴も、つい先刻にいなくなった。
隣で笑っていた奴も、一瞬にしていなくなった。
風に乗って煙が揺らいだ。
それを静かに、飽きる事無くぼんやりと見つめていた―――
「ごめんね、トシ」
そう言ってお前は泣いていた。
振られているのは俺なのに、何故お前がそんな顔をする?
そんな事をこっそり思ったもんだ。
そして、それの原因は俺だという事もきちんと理解してるさ。
流石の俺も―――それぐらいは。
瞳から零れ落ちる涙を、俺の指が拭う事はなかった。
いや、正しくは拭えなかった。
俺の所為で泣いているお前の涙を拭う権利なんて、俺にはもうないだろう?
俺がもっと大切にしてやれば、お前が泣く事なんてなかったかもしれない。
泣かせるつもりはなかったんだ―――そんな事、今更な言い訳だけど。
言える訳も無く、喉に突っかかるその言葉を飲み下した。
お前は静かに涙を落として、
俺に近寄るでもなく、かといって遠ざかる訳でもなく立っていた。
あぁこれが俺達の距離なのか、そうぼんやりと思った。
最後に見たお前の表情は、どこか切なく、どこか哀しく。
目を離すことが出来なかった。出来るはずもなかった。
涙に濡れた目で見つめるお前は、哀しいぐらいにとても綺麗だったから―――
傍に置いたケースに手を伸ばす。
しかし、いつの間にかそれは空になっていた。
―――いかん、少し吸いすぎた。
そんな後悔がちくりと胸を刺す。
辺りを漂う煙草の煙が痛いぐらいに目に染みる。
今日という日に限って。
……いや、こんな日だからこそかもしれない。
そうして風が俺の髪をなぜた。
煙草の煙に加えて、秋風までもが酷く身体に染み渡る。
「……煙草、控えるかな」
そんな事を思ってみる。
でもふ、と気付いて軽く首を振った。
苦笑いをひとつ、こっそりと浮かべた後でゆっくり立ち上がった。
あぁ、無理だ。
これから俺は、常にこんな想いを背負って生きるのだから。
毎日がきっとやり切れないだろう。
そんな俺が果たして煙草をやめれるだろうか。
ついにヤキが回ったな―――無謀な事を思ったもんだ。
お前が居なくなった今、俺の心の拠り所は―――
この精神安定剤だけなのだから。
急に冷え込んできた空気を纏って、俺は自販機へと足を向けた。
――――――――――
何故か急に思いついた今回の話。自分でもよく解っていません。爆
土方さんが振られた側か……ふむ。
きっと仕事が忙しすぎてあんまり構ってあげれなかったんだね。
そして彼女の寂しさというのも我慢の限界だったのかも。
…と、言うのが今回の背景みたいです。(ぇ
ちなみにBGMはBUMPの「スノースマイル」と「同じドアをくぐれたら」です。
え?聞いてない?