その日は、屯所内でドタバタと走り回る足音が響いていた。
どこぞの勇気ある馬鹿のお陰でな。
「どんな手を使ってでも手に入れたかった」
丁度日も傾きかけてきた頃、
バタバタという足音と共に山崎が俺の元へと走ってきた。
「沖田隊長―――!!」
バリンとせんべいをかじりながら、
何でィ、邪魔すんじゃねーやと小さく呟く。
「後にしてくれィ、今みち子がいいところなんでさァ」
「みち子って何の話?!ドラマなんて見てる場合じゃないッスよ!」
息を切らしながら突っ込む山崎を、寝転がった姿勢のまま首だけで見上げる。
「で?どうしたってのさァ」
もう1枚せんべいをかじりながら尋ねると、
山崎は慌てふためきながら状況を説明した。
「…はぁ?侵入者?」
「そうです、つい先刻に何者かがここへ侵入したらしいです」
山崎の報告によると、
何者かがわざわざ屯所内に侵入してきたそうだ。
それを隊士の一人が見つけて……
そうして今は追いかけっこの真っ最中らしい。
成程、道理でドタバタうるせーわけだ。
迷惑極まりないってんだ。
「ふーん、侵入者ね……」
俺は小さく繰り返した。
とんだ馬鹿がいたもんだ。
わざわざ屯所に殴り込みってか?
それも近藤さんがいない時に。
……あれ、でも。
「それ、土方さんに言ったのかィ?」
疑問に思って、それとなく山崎に尋ねてみた。
だっていつもなら、率先してそうゆう馬鹿を消しに行くのは土方さんだから。
近藤さんがいないのなら、尚更ここはヤツの出番だろう。
俺の質問に山崎は縦に首を振った。
「はい、でも…」
「でも?」
「今日は少し様子がおかしいんです」
その言葉に、ピンと何かが引っかかった。
どうゆう風におかしいのかと再び尋ねる。
「いつもなら報告を聞いた瞬間野獣の如く立ち上がるのに、今日はひどく落ち着いていました」
気味悪くてしょうがなかったですよ。
山崎は苦笑いをひとつ浮かべてそう零した。
そのヤツの状態を聞いて、俺は全てが解けた気がした。
「あぁ……成程ね」
そうゆうことかィ。
その侵入者ってのはもしかして……
「何が「成程」なんですか?」
不思議そうに眉を寄せる山崎には何も答えないで、
俺はのそりと立ち上がった。
「報告ご苦労さん」
「あ、いえ……」
「じゃあ、俺も出掛けるかァ」
「え?何処へ」
素っ頓狂な声を上げた山崎に、
歩き出した俺は足を止めて振り返った。
「そのバカヤローの所まで、さ」
それだけ残して、俺は部屋を後にした。
屯所内裏口付近を飄々と歩く。
山崎の報告を受けて真っ先に向かったのがここだ。
案の定何人かが苛立ちを浮かべたままウロウロしている。
その隊士達にここは俺が見るから表へ回るようにと促した。
そして今は俺一人。
……いや、一人じゃねーか。
にやりとひとつ笑みを零して、俺はおーいと呼びかけた。
「いるんだろ?旦那ァ」
今は俺しかいませんぜー。
そう付け加えて、どこかに隠れているだろう侵入者に向かって叫ぶ。
するとすぐ傍の茂みで白い何かがガサガサと揺れた。
「出てきたらどうです?」
丁度いい具合にある石段に腰掛けて、
動いた茂みの方に目を向ける。
用心深く辺りをうかがってから、侵入者がひょっこり顔を出した。
「何でバレちまったかなァ…ねぇ?総一郎君」
「総悟です」
「あーそーだっけ、夜神総一郎君」
だから総悟だって。
そう人が訂正するのをまるきり無視して、とぼけた顔でパタパタと埃を払うこの男。
死んだ目と天然パーマが特徴の万事屋、坂田銀時。
両手には、なんかベタに木の枝を持っている。
「やっぱり旦那が侵入者ですか」
ポイと枝を投げ捨てる旦那の背に尋ねる。
それに応えて旦那はけだるそうに小さく唸った。
「違うっつの、アレだよ、アレ、野球ボールが入っちゃったんだよ」
「旦那、旦那は野球って柄じゃありやせんぜ?」
「うるっせーな、ジャイアンに怒られるんだよ早く取らないと」
「残念ながらのび太君って柄でもないですぜ、旦那は」
「じゃあ何がお好みだコノヤロー」
しずかちゃんか?しずかちゃんがいいのか?!
俺にしずかちゃんを求めるのか!このスケベが!
入浴シーンならお断りだとかなんとかと真顔で茶化す旦那を無視して、俺は小さく呟いた。
「土方さんならまだ奥の書斎にいますぜ」
「?!」
途端旦那の目が少しばかり見開く。
……あぁ、やっぱりな。
俺は確信した。
「何で知ってるんだ、って顔してますね」
さっきとは打って変わって黙り込んだ旦那に、俺はそっと微笑んだ。
「それぐらいわかりまさァ、アンタがヤツに会いにきたって事ぐらい」
全く、どいつもこいつも俺をなめてんのか?
土方さんに至っては、何年傍にいたと思ってるんだ。
大抵の事は……様子がいつもと違う時点で、気付くんだよ。
「俺が知らないとでも?」
そう尋ねる俺に、旦那は「いーや」と呟いて笑った。
「やっぱりお前は勘がいいな」
「へー、否定しないんですねィ」
「否定する必要なんてねーだろ?何にも悪い事してねーから、俺」
ボリボリと頭をかきながら、旦那は飄々と笑った。
清々しくて、逆にこっちがムカつくくらいに。
「あぁそーですかィ」
俺は旦那へくるりと背を向けて、すぅっと大きく息を吸った。
「おーい皆ァ!不届き者はここにいるぞォー!」
「ちょっお前、総一郎君!一体何してくれてんの?!え、普通叫ぶ?!」
「……俺をコケにした罰でさァ」
「はぁ?!」
訳がわからないという様子で焦っている旦那に、
俺はニコリと微笑んだ。
「そこらをうろついてる隊士は皆血の気が多いんで、気をつけるんですぜィ?」
ヘタをすると斬り殺されますよ。
そう笑顔で言ってから、俺は旦那に背を向けて部屋の方へと歩き出した。
「総一郎君!性格悪すぎるよお前―――!!」
何、その喜びに満ち溢れた笑顔は!
お前どこまで腹黒いんだコノヤロー!!
そうやって後ろからは旦那の悲痛な叫びが聞こえてくる。
それに俺は振り返って応えた。
「せーぜー頑張って生き延びて下せェ、それから総悟、です」
ひらひらと手を振って、俺は裏庭を後にした。
何人かの足音と、旦那の焦る声を聞きながら。
ねェ、旦那。
仕方ねェからくれてやりますよ。
俺の全てを引っ掻き回した、憎い男をアンタに。
気にくわねェ。
いつだってそいつは俺に酷いヤツだ。
こんなに俺が想っていても、
それに気付かねェフリをして、俺以外の誰かを想うから。
気にくわねェ。
いつだってヤツは飄々と笑うんだ。
どんなに俺が手を伸ばしても、
ちっとも届かないところで、悠々と煙草をふかしながら。
ヤツが望むのはアンタだよ、旦那。
自分以外を欲しがるヤツなんて俺はゴメンだ。
そんなもん、手に入れても面白くねェだろ?
あぁ、……本当にムカツク野郎でィ。
書斎に面する縁側。
裏庭からポツポツ歩いてきたら、無意識にもここに辿り着いた。
……どうやらヤツは、まだこもっているらしい。
じっと閉ざされた書斎の襖を見つめた後で、俺は縁側に腰を落とした。
目を伏せてみて未だ鮮明に瞼の裏に残るのは、さっきの旦那の驚いた表情だった。
それを思い浮かべながら、俺はそっと笑った。
……旦那も土方さんも、アレで内緒にしてるつもりなんだろうか。
アンタらの関係はバレバレなんだって事、教えたら土方さんはどんな顔をするだろう。
「……総悟?」
後ろから聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。
それに合せて振り返ると、そこには仕事を終えたのか、
真新しい煙草をくわえた土方さんが立っていた。
「何してんだ?こんなとこで」
「あー…」
アンタの彼氏苛めたら、無性にアンタに逢いたくなったんでさァ。
そう応えようとして、口をつぐんだ。
後者は言うのをやめておこう。
「報告に、来たんでさァ」
彼は「ほー、そうかい」と呟きながら俺の横に立った。
「で、報告って?侵入者とかなんとかってヤツか?」
ふーと息を吐きながら言う彼の声はいつもと変わらない。
俺はふっと口の端を上げた。
アンタって人ァ―――どこまでもとぼけるんですねィ。
何か言ったか?と尋ねる声に、俺はいいえと軽く首を振った。
振ってから、そっと彼を見上げてみる。
「……旦那が待ってますぜィ」
そう言うと、彼の眉がぴくりと動いた。
俺はそれに思わず笑みを零した。
―――あーあ。
「早く行ってやらねェと、見つかりますぜ?」
縁側から重たい腰を上げて立ち上がる。
そうして俺の足は、自然と裏庭とは反対の方向へ歩き出した。
その俺の背中を追いかけるように、彼の声が響いた。
「……総悟!」
足を止めて立ち止まる。
だけど、振り返らなかった。
「ありがとな」
そう微かに聞こえて、
足音が小さく消えていった。
「…礼を言う柄じゃねーだろィ」
俺は立ち止まったままで、空に目を向けた。
どんな手を使ってでも欲しいと思った、恋焦がれたものがある。
どうしても欲しかったものは、
するりと俺の掌を抜けて、誰かの中におさまっちまった。
気にくわねェよ。
あぁ、気にくわねェ。
気にくわねェのにそれでも追いかけ続ける自分がいて、
俺はどうしようもなくて、ただ広がる青を見上げた。
白く浮かぶ雲が、ムカつくくらいに綺麗だった。
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総悟君片想い話、です。
テーマとしては銀土←総悟って感じですか。
基本的に総悟君も報われない恋ばかりする傾向があります。私の中で。
…がんばれ総悟!負けるな総悟!って心境です。(・ω・`)