「好きだ」

彼のその一言に、私はただ眼を丸くするだけだった。









「この関係を壊したくない」



















ピピピ、ピピピ。

体温計の電子音が響く。



ごそごそと服の間からそれを引っこ抜いて、

少しだけぼんやりとする目で見つめる。



「37度2分……」



微熱もいいとこじゃん、そう苦笑いを零してケースにしまいこむ。

そうしてくるりと寝返りを打った。



「近藤さんも大袈裟なんだから」



枕に顔を埋めながらクスクスと笑う。

と、同時に脳裏にはほんの数時間前の彼らの慌てた顔が蘇る。





、顔赤いぞ…って熱があるじゃねーか!!』

『あれ、近藤さんの手冷たいですねー』

『……馬鹿は風邪ひかねェってのは嘘みたいですねィ』

『総悟!お前そんな悠長な事言ってねーで布団しいてやれ、布団!!』





近藤さんは何だか必要以上に心配してくれて、

総悟くんもぶつくさ言いながら気を使ってくれて。

まぁ……熱なんてほとんど出さないからね、隊士の皆は。

もの珍しかったのかも。





枕元にはどこからか調達してきたらしい、風邪薬がある。

それを渡しながら近藤さんは私に言った。





『お前、今日は絶対安静だから!熱下がるまで動いちゃダメ!』

『そんな……大丈夫ですよ』

『いかん!働こうとしたら口利いてやらんからな!』





そうビッと止めを刺してから、彼は部屋の外へと消えていった。

どんな脅し文句ですか、近藤さん。

でも……その心遣いが嬉しかったりして。





そうニマニマとしていたその時、障子の向こうでひとつの足音が止まった。

同時に流れてきた香りで、私はそれが誰のものかを瞬時に判断した。



それからすぐ、予想していた通りの声が静かに響いた。



、入るぞ」



障子の向こうにいたのは、やっぱり土方さんだった。



















「熱、出したんだって?」

「え、はい」

「近藤さんがやけに騒いでてな……」

「そんな大袈裟な」



手に取るように解る近藤さんの動作に、私の口元は緩んだ。

熱はもういいのか?

そう尋ねながら煙草をくゆらす貴方に、私は小さく頷いた。



起き上がらなくていいぞ。

隣にストンと腰掛けながら呟いた彼のその言葉に甘え、

布団の中で上から降ってくる声に耳を傾けていた。



それも束の間で、自然と会話が途切れ、

それと同時に流れる沈黙に耐え切れなくなる。



……ちょっと、気まずい。



布団の中から見上げる彼の横顔は、いつもと変わらぬ何食わぬ顔。

こうも平然とされると、意識していた私がアホらしく思える。

悩みすぎて熱まで出したというのに……。



……何だかなぁ。



沈黙と共に流れてくる煙草の煙に紛れて、私は密かにため息をついた。



















「好きだ」

そう言われた時、彼が何を言っているか解らなかった。



唐突というにはあまりにも自然すぎて、

自然というにはあまりにも意外だった。



「……へ?」



間抜けな返答しか出来なかった私に、彼は呆れたように笑った。



「お前が好きだっつったの」



流れる煙草の匂いのお陰で思考回路がうまく繋がらなく、

私はただ目を丸くして、言葉を捜しては途方にくれていた。



「私もです」

単純にそれだけ言えたらよかったのかもしれない。

いや、実際そう言いかけた。

でも、声は出てこなかった。



うまく返事も出来ず、その時はうやむやになってしまい、

そうしてそのまま現在に至る。



中途半端なまんまで。



















「……なぁ」

「はい?」



いつの間にか吸い終わった煙草を携帯灰皿に押し付けた後で、

彼は沈黙を破った。



「そろそろ返事を聞いてもいいか?」

「……」



その言葉にトクン、と鼓動が鳴った。

彼の真っ直ぐな視線が降り注いでくるのが解る。





この人は何も聞かないで待っていてくれたんだ。

―――私の答えが出るまで、ずっと。

いい加減、中途半端なままではいられないよね。





私は小さく頷いた後で、

正直に「私には応えられないです」と呟いた。





「好きだと言われて、本当に嬉しかったんです。

だけど…自分はどうかと考えた時、答えに詰まりました。

仲間として好きなのか、異性として好きなのか」





告げられたあの日から、ずっと考え続けた答え。

好きなのは確かだけど、それが果たして特別なのかと言われると……

はっきり断定する事が出来なかった。





「自分自身よく解らないのに、返事なんて出来なくて。

……結局今でも、はっきりとした答えは出せていません」





彼は黙ったまま、私の言葉を聞いていた。

時々覗く彼の表情は、今度は少しだけ笑っているようにも見えた。





「でもひとつだけ、確信している思いはあって」





そこで区切った後、

不思議そうな顔をした彼に、私はにこりと微笑んだ。





きっと私は、

皆に囲まれて、目まぐるしい速さで過ぎていく充実した日々が好きで。

その日々の生活で精一杯だから、恋愛なんて考えてなかったのだと思う。



物心ついた頃から色恋とはほぼ無縁だった私だから、

突然の言葉に戸惑ってしまったり、

日々の生活の方が大切に感じるのも仕方が無い事なのかもしれない。



今はまだ、仲間の方が大事なんだ。

―――この関係を壊したくない。それだけ。





そう告げると、今まで黙っていた彼がふっと微笑んだ。



「成程な」

「……応えられなくてすいません」

「謝らなくていいさ」



何となくそんな事だろうと予想は付いていたからな。

そう微笑んだ後で、彼はそっと私の髪を撫でた。



「答えを急かした俺が言うのもなんだが……」



そうして彼はそこで言葉を切って、

一瞬だけ間を泳がせた。



「きっと俺達は「持ちつ持たれつ」の関係が一番上手くいく。

恋人になるでもなく、かといって友達のままでもなく。

中途半端にお互いがお互いを必要だと思う。

それでいいんじゃねーの?」



そうだろう?

長く息を吐いた後で、彼は笑った。



「気長に待つさ。

俺かお前の気が変わるまで。

……待つのは嫌いだけど、お前の為なら不思議と嫌じゃない」



そうやって優しく眉を寄せた微笑みは、

ぼやけ眼にもしっかりと記憶されていた。



















今は中途半端でもいい。

この中途半端さが、居心地が良すぎて今すぐには動けない。



身体も気持ちも囚われてしまうのは―――いつ?















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ハイ……果たして切ないのか非常に疑問ですが。笑