ある日忽然と、アイツの姿が消えてしまった。

俺の傍の微笑みは、もう2度と見ることは出来ない。









『太陽が消えた時』













今でも鮮明に思い出せる。





白い肌。

華奢な身体。

陽だまりみたいな、あったかい明るい表情。

小さな身体なのに、いつも元気でよく笑って。

笑うと小さくえくぼが出来て。



幼い頃から傍にいた、俺の相棒。

いつまでも護り続けたかった、俺の相棒。



でもある日、何も告げずに俺の隣を去っていった。

振り返りもしなかった小さく震えた背中を、俺は呆然と見つめるだけだった―――



「行くな…」



遠くなる背中へと小さく呟いた自分の声は、虚しく暗闇にこだましていた。

























ゆっくりと目を開く。

ぼやける視界には、見慣れたいつもの部屋が広がっていた。



「またあの夢か……」



そう呟いて俺はゆっくりと体を起こし、いつもの様に右隣へ視線を向けた。

いつもなら、そこには幸せそうに眠るの姿がある。

だけどその寝顔はもう、ここ何日も見ていない。



「……がいなくなってから1ヶ月、か」



枕元の煙草を手に取り、朝の一服を吸う。

ふー、と長く煙を吐き出しながら、俺は窓の外へと目を向けた。

視線の先には、太陽を遠くに隠した分厚い雲が広がっている。



「太陽、隠すんじゃねーよ……」



ぎゅ、と煙草を灰皿に押し付けて、大きなため息をひとつ吐いた後、俺は立ち上がった。



















幼い頃からずっと一緒にいた

彼女はいつも明るく元気で、俺を照らす太陽のような存在だった。



よく笑って、よく喧嘩もした。

だけど、俺達はずっと幸せだった。

隣で並んで生きていければ、他には何もいらないぐらい。





「俺がお前をずっと護り続けるから」

そう誓ったあの日、「約束だよ」と嬉しそうに微笑んでいた。





……それなのに。





1ヶ月前、今日のようなどんよりとした雲が広がっていたあの日。

彼女は俺の隣から姿を消してしまった。



何も言わず。

何も告げず。



「探さないで下さい」という紙切れ一枚と、微かなぬくもりを残して……



どれだけ必死になって探しても、彼女を見つけることは出来なかった。

近藤さん達に聞いても首を横に振るばかりだった。





あんなに幸せそうにしていたのに。

幸せだと思っていたのは、俺だけか?





暗い夜を独りで迎える度に、終わりのない考えを巡らせて。

眩しい朝を迎える度に、夢の遠ざかる背中に涙が流れた。



















ふと、扉に何かが挟まっているのを見つけた。



「……封筒?」



そっとその封筒を手にとって、徐に裏を向ける。

それを見て、俺は急いで封を切った。



裏に書かれていたのは、見慣れた名前。

俺がこの1ヶ月間ずっと探し続けた彼女だった。



……!」



急いで中身を取り出す。

そうして俺の掌に現れたのは、何枚かの便箋だった。

薄いピンクの便箋に、彼女の綺麗な文字が丁寧に並んでいた。



「拝啓、土方十四郎様」



俺の名前から始まるその手紙を、

焦る気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと読み始めた―――



















拝啓、土方十四郎様



この手紙を貴方が読んでるという事は、

私が貴方の隣を去って1ヶ月以上が経っているのでしょう。



……トシ。

黙って貴方の傍を離れて、ごめんなさい。

ずっと傍に居る事が出来なくて、本当にごめんなさい。



貴方の元を去る時に、ちゃんと告げるべきだった。

でも、どうしても言えなかったの。

―――私の命が、残り僅かだという事を。



私ね、私を産んですぐに亡くなった母と同じ病気なの。

……回復する見込みはないって言われたわ。



貴方は優しい人だから、病気の事を話せば心配するでしょう。

ただでさえ大変なお仕事なのに、私の事で更に悩んで欲しくなかった。



「余計な心配すんなよ」って貴方は言ったと思う。

「俺は大丈夫だから」って。



でも、貴方に辛い思いをさせてしまう事は間違いなかった。

だから言えなかった。言い出せなかった。



言えないまま時間ばかりが過ぎてしまって……

結局、貴方をひとりにしてしまった。

辛い思いをさせてしまった。ごめんね、トシ。





……ねぇ、トシ。

私、貴方に巡り会えて本当によかった。

幸せだよ、すごく。





たくさん喧嘩したよね。

でも同じ数だけ仲直りもして、それ以上にたくさん笑いあったよね。



それから、今も鮮明に思い出せるの。

「俺がお前をずっと護り続けるから」

少し頬を赤らめて、はっきりと告げてくれたあの日。

涙が出そうなくらいに嬉しかった。





「幸せだと思っていたのは俺だけ」なんて思わないで。

充分すぎるぐらいに、私も幸せなんだから。

“幸せだった”じゃない。“今もずっと幸せ”なの。





隣で寝息をたてて眠る姿、真剣に剣を手入れする姿。

貴方の色んな姿が、くるくると脳内を駆け巡ってる。



本当は離れたくなかったよ。

ずっと傍にいたかったよ。

この僅かな時間も貴方と過ごしたかった。

……私が貴方を幸せにしてあげたかった。



でも、離れる決意をしなければいけない。

貴方の傍にいたら、何が何でも生きたいと願ってしまうから。





トシ。

私を愛してくれて、ありがとう。

一緒にいてくれて、ありがとう。

大好きだよ、トシ。

世界中の誰よりも、何よりも、トシが好きだよ。

遠くに離れても、ずっとこの気持ちは変わらない。

本当にありがとう。





そして……お願いです。

どうか、自分を責めたりしないで。

もっと早く気付いてやれば…とか、責任を感じないで。

貴方は何も悪くないの。



それでも責任を感じるというのなら、私の為に笑って生きて下さい。

貴方の笑顔が、大好きだから。

だから……泣かないで。





最後になってしまったけど、怪我や病気には気をつけて下さい。

……貴方が傷つくと哀しむ人がいること、忘れないで。





それでは、どうかお元気で。

……さようなら。





敬具 



















何度も何度も、俺は掌の手紙を目で追った。

微かに彼女の温もりを感じながら。

彼女が一生懸命に生きた跡を感じながら。



視界はぼやけて、頬を冷たい何かが伝う。

立っていられなくなった俺は、ゆっくりその場へ座り込んだ。





小さく彼女の名前を呼ぶ。

返事が返ってくる筈がないと知っていながら、だけど呼ばずにはいられなかった。





ずっと一緒にいたのに。

お前の苦しみを、悩みを気付いてやれなかった自分が腹立たしい。



ずっと一緒にいたのに。

気付いてやれなくてごめん、





『自分を責めないで』という彼女の言葉だけが、救いだった。

責めずにはいられない状況で、彼女の思いやりと優しさがひどく身に染みた。



















ふと視線を窓の方へと向ける。

どんよりとした雲間から、一筋の光が差し込み始めているのが見えた。



太陽を隠す分厚い雲。

やっぱり今日だけはずっと太陽を隠しておいてくれ。

こんな情けない姿は見られたくない。



これからは、泣いたりなんかしねーから。

明日からは、太陽の下で笑って生きるから……

だから、今日だけは。



















俺は深い暗闇の中を歩いていた。

それでもこの世界には、太陽は毎日昇ってくる。

俺を照らしてくれる存在が消えても、

いつだって太陽は温かく俺を照らし出して―――









「俺も、ずっと一緒にいたかった……」









―――失くした太陽を糧にして、今日も俺は生きていく。