茜色の中を、きみと一緒に歩けるのはあと何回ぐらいかな。
そんな事を考えたら、何だか胸が痛くなったよ。
「隣の日吉くん」
お隣の日吉さんとこの若くんは、小さい頃から大人びていて、意地悪で、
いつもあたしの事をフフンと笑うようなヤツだった。
それは大きくなった今でも変わってなくて、今でもフフンと嫌な笑みを浮かべてる。
…あーあ。
どうやら幼馴染ってヤツは、きってもきれない腐れ縁でつながっているらしい。
「あんた、絶対そんなんじゃモテないわよ」
ある日の休日。
あたしはいつものようにお隣の日吉さんとこにお邪魔していた。
彼の部屋はとても居心地がよいので、つい通ってしまう。
「…また唐突に何を言い出すんだ、お前」
ため息交じりの声が聞こえた。
ギッと少し古くなった椅子を鳴らして、勉強机に向かっていた彼が振り返る。
そうして読みかけの本にしおりをはさんだ。
「だって、なんとなぁく思っただけだもの」
「思いつきで喋るのやめろよ」
「日吉は性格が意地悪いからね、大丈夫なのかなぁってサ」
「…人の話は聞け、このお節介」
ふう、と小さくため息をついた後で、まぁでもと彼は続けた。
「人の宿題写してるようなヤツに言われたくはないね」
「…う」
ガラステーブルに広げられた彼のノートと、
それを一生懸命写しているあたしを見て、彼がフフンと微笑った。
「バカなヤツ」
「…うっさい!」
もう、集中切れるから話しかけないでよね!
そう言って止まっていたシャーペンを再びノート上に走らせる。
最初にふってきたのはそっちだろうが。
そんなため息交じりの彼の声は無視する事にした。
日吉はいつも一言も二言も余計だと思う。
ひとの揚げ足とってくるしさ、
いつの間にか形成逆転されて、最後に笑うのは彼の方。
なんだろうね、あの憎たらしい感じ!
ひとをからかって面白がるなんて、どうかしてるよ。
ムカつくよなぁもう。
そうやってなんだかんだ文句を言いつつ、
日吉の近くに居るあたしの方がどうかしてる。
視線をノートに走らせながら、そっとため息をついた。
「あー、わかんない」
その言葉は自分自身の行動にも言えることだし、
日吉のノートに頼らず挑戦してみたこの問題のことでもあった。
最後の問題…英語の長文。
ただでさえ英語は苦手なのに出来る訳がない!
「ねぇ日吉」
呼びかけてしばらく沈黙が流れる。
彼の応答がないので、不思議に思って視線をノートから上げると、
再び本を読み始めている彼の姿が目に入った。
あぁ…道理でね、さっきから声が聞こえない訳ですよ。
…なんか集中してるみたい。
しょうがない、自力でやるか!
辞書、辞書っと…
そう思い直してすぐ気付いた。
…そう言えばあたし、辞書持ってないんだった。
「ねぇ日吉!」
今度は少し大きめの声で呼んでみる。
ようやく気付いた彼が、今度はなんだと呟いた。
「辞書、貸してくれない?」
彼はちらりと自分の周りを見渡した後で、
「カバンの中」と再び本に視線を落としながら言った。
「漁るよ?」
「あぁ」
机の横に置いてある彼のカバンの傍まで行き、
じゃあ失礼、と中を覗く。
「あった、電子辞書」
目的のものを見つけて、ひょいとそれを取り出した。
と、同時に何かがひらりと舞い落ちた。
「ん?なんだ…」
どうやら落ちたのは、桜色をした封筒。
表には「日吉くんへ」と可愛い丸文字が綴られている。
「…え?」
見た瞬間、あたしは固まった。
「ひっ、日吉くん…?!」
変なところで裏返ってしまった声に、彼が不思議そうに答えた。
「何だよ、あっただろ?辞書」
「あ、ありましたけど…こっ、こここコレは…!」
「あ?だからなんなん…」
眉を寄せながら顔を上げた彼の顔が、
あたしの手の中に納まっているものを捉えた瞬間、
一気に真っ赤になった。
「おっおい!何持ってんだよ!」
「ね、ねぇっ!これってもしかしなくともアレ!!!」
俊敏かつ勢いよく、あたしの手の中のものを奪い返そうと手を伸ばしてきた彼に、
これまた俊敏によけたあたしは、さっと立ち上がって桜色を持つ左手を高く上げた。
「恋文ですか!乙女からのラブ・レターとゆうやつですか!」
「お前っ…信じらんねぇ!プライバシーって言葉知らねぇのか?!」
「落ちたから拾っただけよ!
大体こんなとこにこんなもん入れっぱなしにしとくあんたが悪いんじゃない!」
「そ、れは…」
ぐ、と言葉を詰まらせた彼は、
ちょっと決まりの悪そうな顔を浮かべている。
その姿に、あたしの胸が少しだけ痛くなった。
「…いーから返せよ」
勢いを無くした彼が、小さく呟く。
さっきまで真っ赤な顔であたしを見ていた彼の視線は、気まずそうに足元を泳いでいた。
高く上げていた左手を下ろし、もう1度まじまじと桜色を見つめる。
…一誰からのなんだろ。
「…告白はされたの?」
視線は左手に落としたまま、そっと呟く。
少しの沈黙の後で、眉間にしわを寄せて立つ彼はそっけなく答えた。
「お前には関係ない」
「…まぁ、そうだけどさ」
…そんな言い方しなくてもいいじゃんか。
「何だよ、そんなに俺のことが気になるのか」
「べっ…別にそうゆう訳じゃないもん」
口を尖らせるあたしに、彼は笑った。
「じゃあいいじゃねぇか、お前が知る必要はないし、お前が気にするような事でもない」
「はぁ?何よその言い方!」
「うるせぇな、もういーだろ」
あたしの手から桜色をひったくった彼が、くるりと背を向けた。
その姿に何だか無性に胸が痛くなって、
自分にもよくわからないふつふつとした何かが込み上げてきた。
「…あたし帰る!」
自分の荷物をさっさと片付けて、扉に手を掛けた。
なんだか悔しいから日吉のノートは片付けてやんない。
背中から「おい、!」と呼びかけられて、
あたしは背を向けたままでピタッと立ち止まった。
「何でお前がキレてんだよ」
「…しらない!」
扉が閉まる直前の日吉の顔は、何だかよく見えなかった。
「なによ、日吉のヤツ。いつの間にあんなの貰ってんのよ」
自分のベットに転がって、天井をじっと睨みつける。
ふと脳裏に、さっきの冷たく放たれた言葉が蘇った。
お前には関係ない、だって。
…イヤなヤツ。
あんな言い方しなくてもいいじゃん。
「本当もう…何なのこのモヤモヤ」
近くにあったクッションに思いっきり顔を埋めた。
…なんでこんなにも、心臓が痛いんだろう。
…なんであたし、こんなにも日吉のこと気になってんの?
「あーあ、わかんないよもう!」
そう叫んでから、ガバッと布団をかぶった。
寝ちゃえば忘れると思って布団にくるまったけど、結局は眠れないままで。
ぐるぐるとした色んな思いと、胸のモヤモヤと戦いながらの夜は明けた―――
「あーあ、もう!」
昨日から何度目かわからないため息をついた。
結局、昨日の今日で超気まずいあたしと日吉は、
なんとなく朝も別々に登校し、なんとなく朝から一言も話さず、
なんとなくそんな調子のまま、放課後までやってきてしまった。
そしてなんとなくあたしは今、女子トイレの個室に引きこもっている。
教室にまだ日吉がいたから、顔合わせ辛くって。
「どうしたもんかなぁ…日吉と気まずいの、なんかやだなぁ」
洋式の閉じたふたに座り込んで、はぁとため息をつく。
昨日は結局眠れなくて、モヤモヤの原因を夜通しでずっと考えていた。
でもやっぱりそれはよくわかんなくて。
でもただ、ひとつだけわかった事は…
日吉に彼女なんて出来ちゃったら、確実にあたしは一人だな、って事。
…なんやかんやで日吉と過ごす時間が長い事に気付かされた。
「…謝りに、行くべきなのかなやっぱ」
ちょっとやりすぎちゃったかも。
いやぁでもアイツのあの一言はイラッときたしなぁ…
あたしが謝るのもなんか癪だし。
でも気まずいのは…
と、昨日からずっとこんな悪循環を抱えっぱなし。
「どうしたもんかなぁ」
降り出しに戻って、また同じ様にため息をついた。
その時、外からいくつかの足音が入ってくるのが聞こえた。
どうやら鏡の前で話しているらしく、あたしがいるというのには気付いていないらしい。
洋式の個室はいちばん奥だからなぁ…そりゃ気付かないか。
今更出てくのもなんだかなぁって感じよね。
出るタイミングを失ってしまったので、
仕方ないから大人しく彼女達が出て行くのを待つことにした。
聞こえてくる声は3つ。その内1つは…
…ん?なんか1人、泣いてない?
「やっぱりダメだった」
泣き声の女の子がスンと鼻をすすると、
そっか…、頑張ったね、と周りの女の子は言った。
「でも、気持ち伝えられてちょっとスッキリした」
泣いてる子…告白したみたいだなぁ。
鼻を小さくすすってから、少しだけ微笑んだように彼女が言った。
「彼、ちゃんと理由教えてくれたし。…悔いはないや」
「なんて言われたの?」
「大切な人がいるから、…ゴメン。でもありがとうって。なんか…それだけで充分かな」
健気でいい子だなぁ彼女…!
周りの子は「そっか」と小さく呟いた後、
「じゃ、カラオケ行くか、カラオケ!」と明るい声を出した。
「歌って気分スッキリしようよ」そう言いながら、出口に足音が向かっていく。
ふいに、一人の子が「それにしても、日吉くんにそんな人がいたとはね」と零した。
「え!」
慌てて出そうになった声を抑える。
そうしてパタパタと、遠ざかる足音を確認してから、
あたしは無意識に止めていた息を吐き出した。
もしかして今の泣いてた子が…例の恋文の子?!
そっか、告白って今日だったんだ…。
だからさっき、いつもならさっさと部活に行くヤツなのに、教室にいたんだ。
そっか…アイツ、ちゃんと彼女の元へ行ったんだ。
…断ったんだ。
「…なーんだ、そっか!」
あたしは勢いよく扉を開け、何故かはわからないけど駆け出していた。
駅へ向かう道の途中で、見慣れた背中を見つけた。
駆け出した足は未だに速度を落とさない。
「…日吉っ!」
振り返った彼の向こうには、沈んでいく夕陽が眩しく輝いている。
あたしは目を細めて、彼の元へ駆け寄った。
「あっあんた…今日ブ、カツは」
「…お前、体力無さ過ぎ」
ぜーはーと荒く呼吸する横で、
彼はフン、と小さくいつも通り嫌味っぽく笑った。
「う、うるさい!テニスやってるあんたと比べないでよ」
じんわりと汗がにじむ額を拭いながら答える。
少しの間の後で彼が口を開いた。
「…今日はミーティングだけ」
「…あ、そ」
呼吸が大分マシになってきた。
再び歩き始めた彼の隣に並んで、しばらく沈黙のままでいた。
「…昨日は、ごめん」
「…何の話」
「日吉に、ちょっとヤな思いさせちゃったかなって…反省したの」
顔が上げられなくて、なんとなくローファーの先を見ながら歩く。
彼の視線がこっちに向けられているような気がした。
「別に、もう気にしてないけど」
…怒ってない?
ちらっと横目で彼を見上げる。彼の視線はもう正面を向いていた。
「…怒ってはない」
「怒っては…って事は他になんかあんの?」
そう尋ねるあたしにもう一度ちらりと視線をよこした彼が、
はぁと小さくため息を零した。
「お前が逆キレした事は意外だった、というか驚いた」
「…なんで?」
「何でって…じゃあお前こそ、昨日も言ったけどなんでキレたんだよ」
片眉を寄せて尋ねる彼に、うーんと唸った後であたしは答えた。
「自分でもわかんないけど、…ただ」
「ただ?」
「…ただ日吉が遠くに行っちゃう気がして、なんとなくムカついた」
「…それって」
そこまで言ってから彼が黙ったので、何だよぅと隣を見上げてみる。
じっとあたしを見下ろす彼の視線とかち合う。
「少しは進歩した、のか?」
「なにが」
「いや、…うん、俺の思い過ごしの様な気がする」
「だからなにが」
「…何でもない」
何なのよもう!そう言うあたしに、彼は別にとしか答えなかった。
しかし言葉とは別に、彼の表情はどこか柔らかいような気がした。
「まぁ、心配すんなよ」
「べ、別にしてないよ!」
「言ったろ、お前が気にする事じゃないって」
「…まぁ、そーだけどさ」
もっときつい言い方されましたけどね。
そう言ってやろうかと思ったけど、なんとなくやめておいた。
言葉を飲み込んだとき、彼が再び言葉を紡いだ。
「お前はさ」
「うん」
「お前は…能天気に笑ってれば、それでいい」
「…なによ、それ」
「その内わかる」
「…ふぅん」
何となくまだ腑に落ちなかったけど、
…まぁいいや。
珍しく彼が優しく笑っていたので、それでいい。
それからはどちらともなく口をつぐみ、2人静かに帰り道を歩いた。
そっと、隣に並ぶ横顔を見上げた。
日に透ける彼の髪が、やたらと綺麗に見える。
あたしの視線に気付いた彼と目が合った。
いつもの嫌味な笑みじゃない、そっと微笑った彼の頬は、茜色。
「」
ふいに、彼が左手を差し出した。
それは昔、よく日吉がしてくれた仕草。
あたしはおずおずとその手を握り返した。
茜色の中を2人、手を繋いで歩いた記憶が蘇る。
繋いだ右手が、やけに温かかった。
お隣の日吉さんとこの若くんは、小さい頃から大人びていて、意地悪で、
いつもあたしの事をフフンと笑うようなヤツだった。
でも本当は少しだけ心配性で、優しくて、
いつもさり気なくあたしの隣にいてくれるような…あったかいヤツなんだ。
…あーあ。
幼馴染ってヤツはきってもきれない腐れ縁で繋がってるんだろうね。
この先コイツと離れたくなる時がたくさん訪れるだろうけど、
それでもなんか行き着く先は、コイツの隣。
結局この位置が、あたしにとっての1番の場所。
そんな感じで、きっとこのまま時は流れるんだろうな。
お隣さんといくつもの季節を過ごしながら。
――――――――――
日吉くん、なんとなく着手したものの…長!
なんっか無駄に長くないかこれ…(´`;)
…まぁいいやー(を
取り敢えずですね、
日吉くんの立場的に微妙な片想いが書きたかっただけなんですよ。
感情論ではおそらく亮思い、間違えました両想いなんですけど。
もどかしいような甘酸っぱいような、
そんな恋を、わたしはしたい。(何)