チャイムがゴングに、生徒が敵に。
皆様こんにちは。
只今私は、戦場にいます……!!
『sweet taste』
「うっ……」
昼時の購買。
学生達の聖域であり、同時に戦場でもあるこの場所。
そこにはおびただしい数の人間がおり、
それらが郡を成して獲物を奪い合う様は何とも言い切れぬ迫力がある。
その生徒の群に紛れて、私もその身を委ねていた。
てゆーか埋もれていた。
「あ、あとちょっと……」
人々の間から腕を一生懸命伸ばし、ターゲット(チョコデニッシュ)を掴もうとする。
しかし、人の波が揺れる度に私も揺れるので、なかなか掴み取る事が出来ない。
「ぬ、ぬぬぬ……」
ギュウギュウと押しつぶされながらも、プルプル震える腕を何とか伸ばして、
ついにそれらしき感触に掌が辿り着いた。
「よしっとれた!」
勢いよくそれを掴み、すばやく引き寄せ、
達成感に満たされながら掌の戦利品を確認してみた。
「……あちゃー」
戦利品は、私が欲しかったブツの隣に並んでいたマヨネーズパンだった。
しまった、ちょっと伸びが足りなかったな……
まぁ仕方ない。今日はコレで我慢しよう。
そうぶつくさと呟いていたその時。
ふいに上から手がにゅっと伸びてきて、私の掌からマヨネパンが姿を消した。
そして同時に聞き慣れた声も降ってきた。
「オバさーん、これ1つねー!」
人のマヨネパンを頭上高く振りながらそう叫ぶ。
慌てて見上げてみると、そこには…
「土方君?!」
「オウ」
マヨネパンを片手に笑う土方君の姿があった。
「あのぅ、ちょっと、それ私のマヨネパン…」
後ろにいた土方君には大して驚きもせずに、マヨネパンを見上げながらそう言いかける。
が、それを遮る様に土方君が口を開いた。
「、金」
「……ハイ?」
「マヨネパンの金払えって。オバさん待ってんだろ」
「え、あ……ハイ」
言われるがままにマヨネパンの代金をちゃりんと出す。
それを土方君が、何食わぬ顔で人々の頭上からオバさんに渡した。
その光景をみながら、私は思わず呟いた。
「いいなー、土方君」
「何が」
ぶっきらぼうに応える彼をまじまじと見つめながら言う。
「やっぱ背ェ高いとさ、色々と便利だよねぇ」
「あー、はちっせーもんな」
「む、失敬な……って、きゃっ」
その時人波に押され、その反動で足元がふらついた。
やべっ倒れる……!
そう思った瞬間、彼の腕が私の方へ伸びてくるのが見えた。
暗闇の中で感じたのは、壁にぶつかる軽い衝動と、土方君の小さなため息。
そうして、しばらくしてから土方君が呟いた。
「ってーな……大丈夫か、」
「う、うん」
いてて、と目をゆっくり開く。そして瞬間にして私の息は止まった。
少し顔を上げたそこには土方君のアップ。
そして身体は何故かおいしい事に密着中。
ですから息が止まるのは仕方のないことだと思います。
寧ろそれを瞬間に判断した私を凄いと思ってください。
って、誰に語ってるの私……!
はっと我に返る。
だけど胸のドキドキは治まらない。
治まるわけがない。
なにこの、満員電車内でのラブハプニングみたいな展開……!!
そう思わずにはいられないのは、きっと土方君の体勢のせいでしょう。
只今の土方君の体勢というのは、
左腕を壁につき(その手にはしっかりとマヨネパンが)、
目の前には「クソ、誰か足踏みやがったな……」と呟く顔。
しまいには右手の位置ですけども……
右手の行き先を目で追ってみる。
終点は、私の腰だった。
土方君の右手が、こ、腰にっ腰にっ!!
もう、心臓が飛び出そうなんですけど……!!
動きたくても動けない。
いや、寧ろ動きたくないんですけどね!
でも、このままじゃ心臓圧迫されすぎて血管が切れる……
急に黙り込んだ私を不思議に思ったのか、土方君が私の名前を呼んだ。
「……?」
「へ、あ、ハイ!」
顔が火照ってくるのがよくわかる。
あぁ絶対今顔赤いよ、私!
「お前、どうし……た?!」
顔が赤い私に気付いた土方君は、ついでに自分の腕の位置にも気付いたらしい。
語尾が変に上がり、その手は慌てて離れていった。
「わ、悪い。咄嗟に……」
「いえ……」
見る見るうちに頬が赤くなっていく土方君。
腰から外れた手が、そのまま彼の口元を覆った。
ふと気付いた。
もしかして土方君は、助けてくれたのかな……と。
土方君の向こう側では、ピーク時を過ぎたとは言え未だに人で溢れている。
考えてみると、途中からあの人波に揉まれる時特有の窮屈感が消えていた。
―――土方君の声がした辺りから。
「じゃ、俺は行くぜ」
コホンとひとつ咳払いをした土方君が、スタスタと歩き出した。
「あ、ありがと――!」
助けてくれたのと、マヨネパンのと。
2つの意味でのありがとうをその背中へ叫んだ。
すると、振り返った土方君が珍しくニコリと笑った。
「俺も、ドーモな」
「……へ?」
何のありがとうか解らない私に、彼は左手を振って見せた。
その手にはしっかりとマヨネパンが握られていた。
「ごちそーさん」
状況を理解するのに、そう時間はかからなかった。
再び背中に向かって叫ぶ。
「待ってよ、それ私のお昼〜!!」
困るよー、お昼ごはんないとお腹減りすぎて死んじゃうよ〜!!
そう泣き言を必死に叫んでいると、再び彼が振り返った。
その拍子に、何かがポスンと私の掌に落ちた。
「やるよ、それ」
そう微笑んだ後に土方君はじゃーなと呟き、
マヨネパンを頬張って、左手をひらひらさせながら歩いていった。
遠くなる背中をしばらく見つめた後、
はっと我に返って掌へと視線を落とした。
「チョコデニッシュ……」
そこには、マヨネパンの隣に並ぶ、私の大好物がちょこんとのっかっていた。
……土方君て、甘いものスキな人だっけ?
いや、そもそもマヨラーって甘味も辛味も関係ないような……
―――……て、ことは。
ピリピリと封を開けて一口頬張る。
もごもごとかみ締めながら、呟いた。
「へへ、おいしーぃ」
いつもとはちょっと違う、彼の優しさの味がした。
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いでじゅう!とマイボスから拝借したネタ。
久々に甘い土方さんが書きたかったんだィ……!!