…ねぇ先生。 もうすぐ、卒業だね。









「蕾が開いたその後は」



















「私、卒業したくないなぁ」



卒業式を間近に控えた暖かい日。

私は机につっぷして、

窓の外でさわさわと揺れる、桜の蕾を見つめていた。

後ろからコーヒーの香りが流れてきて、

カタン、と近くの椅子に腰掛けた彼が笑った。



「何言ってやがる」



折角俺がいい成績つけてやったとゆーのに。

そう言って嫌な笑みを浮かべるのは、銀時先生。

3−Zの担任の先生。

そして…私のすきなひと。



「先生、それ卒業控えてる生徒に言っていいの?」

「さァ…バレなきゃいいんじゃねぇの」



ズズッとコーヒーをすすりながら、

教師らしからぬ事を平気で言ってのける先生。

なぜこの人は教師になったのだろうか。



「それで?」

「うん?」

「理由はなんだよ」

「なにがー?」



後ろを振り返ると、

彼は眉を寄せて小さくため息をついた。



「んなアホな発言する理由はなんだって訊いてんだ」

「あぁ…それは」



そんなん決まってんじゃん。

先生に会えなくなっちゃうから。

…まぁ言えるわけないけど。



「ヒミツー」



その返事に対して、

買っておいたのであろうジャンプをパラパラとめくっている彼が、

興味薄そうにふーん、とだけ呟いた。



「え、何その反応。興味なしですか」

「うーん」



……



「銀時先生?」

「うーん」



…でた、銀時先生の生返事。

この人、人の話聞いてないな。

だって目線はもうジャンプに釘付けだし。



「ちぇ」



私は大きくため息をついて、窓の外へと視線を戻した。



「…もうすぐ桜が咲くなぁ」



桜の木が春風に少しだけ揺れた。

―――別れの時間は、もうすぐそこまで。

























先生はいっつも適当でゆるくて、

更に言うと素っ気無いし、自分大好きだし、

わがままだし、子供っぽい。

だけどね、

いつだって生徒の事を想っていて、

いつだって生徒の事を見守っていてくれる。



「何で教師になったの?」



いつか聞いたこの問いに、

彼は自信たっぷりに笑って、



「そりゃあ迷える子羊たちを救うために決まってんだろー」



と、ふんぞり返った。

その時は冗談ばっかりと笑い飛ばしたけれど、

あながち間違っていない気がする。



ねぇ先生。

ここにもひとり、迷える子羊がいるよ。

出口がなくて、怖くて前に進めない私がいるよ。



この気持ちを告げたとき、

先生はやっぱりはぐらかしちゃうかな。

それとも…真正面から受け止めてくれる?



そんなことを考える度に、

胸のどっかがキュッと痛くなる。



先生を想うから告げたいし、

先生を想うから告げられない。

ずっと矛盾した気持ちが渦巻いてるよ。



ねぇ先生。

私に答えをちょうだい。

…あなたが、好きなんです。

























卒業式当日。

式の後、私は講師室に続く廊下を歩いていた。

…先生のいる教室へと、ただ真っ直ぐ。

未だにこの気持ちを告げるか告げないかは決まっていないけど、

やっぱり一目でいいから先生に会いたかった。





キュ、と扉の前で足を止める。

高鳴る鼓動を落ち着かせるようにいくつか深呼吸をした後で、

私はそっと扉を開けた。



視界に映るのは、先生の後姿。

右手にカップを持って、

いつか私が眺めていた窓の外を見つめていた。



「…先生」



扉に手をかけたまま、そっと呼んでみる。

彼は首だけ振り返って、おう、と小さく返事をし、

また目線を窓の外へと向けた。



「まだ居たのか、早く帰りなさいよ」



ついにお前らも卒業なんだなぁ。

ホンット、手のかかる奴らばかりだったぜ。

そんな事を呟きながら苦笑する彼の背中が、

いつもの先生と違う雰囲気を纏っていた。





…まだ帰りたくない。





「先生」





振り返らない彼の背中に、もう1度声をかける。

かけたのとほぼ同じくらいに、静かに雫が落ちた。





ねぇ、先生。

帰ったら…もう、逢えなくなっちゃう気がするよ。

みるみる内に、先生の背中が滲んでくる。





「…咲月?」





先生が振り向く気配がしたけど、

私はうつむいたままで、彼の顔を見ることが出来なかった。

泣き顔なんか…見られたくない。





「先生に逢えなくなっちゃうの、寂しいよ」





でも、どうやったらこの涙は止めれるんだろう。

この涙の止め方なんて、私にはわかんないよ。





「寂しい…」





私たちはただの教師と、ただの生徒。

それだけの関係で、それ以上でも以下でもない。

わかってるよ、そんな事。



先生は大人で、私は子供。

わかってるんだよ、そんな事。

でも…





「…先生が好きだから、離れたくないよ」





それでもやっぱり先生が好き。

好きという気持ちに、大人も子供も関係ない。

…この気持ちを否定しないで。





狭い講師室の中に沈黙が流れる。

聞こえるのは、先生がコーヒーをすする音と、私の嗚咽だけ。





しばらくして、ふ、と小さく笑う音が聞こえた。

手の甲で頬を拭いながら見上げると、

いつの間にか先生が目の前に立っていた。





「それが卒業したくない理由か、咲月」





大きな掌でそっと私の頬を拭いながら、彼がふっと笑った。





「バカなヤツだな、心配しなくても逢えるってのに」

「え」

「まぁバカなヤツほど愛おしいってな」





両手に頬を挟まれた私が間抜けな返答をしたその時、

コーヒーの苦い味が一瞬口の中に広がった。





「せっ?!」

「咲月」

「はっはい!」





気が付くと、いつの間にか掌に、

リボンに包まれた鍵が握らされていた。





「こ、これって…」

「お前にやる。…いつでも来れば」





そう言って、にっと笑った彼が顔の横に掲げたのは、

私の掌にあるものと同じ形の鍵。

―――この部屋の、合鍵。





「理事のババアには内緒な」





悪戯っぽく微笑む彼が、そんでもうひとつ、と、

2度と言わねぇからちゃんと聞けよと付け加えた。





「お前のこと、一生離すつもりねーから」





微笑んだ先生の向こう側で、

ゆらゆらふわふわと、桜の花が舞っていた。

























舞い落ちる桜の花が、新しい季節の始まりを告げた。

私は制服じゃなくなって、先生は新しい生徒に出会う。

それぞれが違う一歩を踏み出すけれど、

ふと隣を見れば、きっとそこには優しい微笑みがある。





蕾が咲いたその後も、いくつもの季節が巡るのを。

この窓からあなたと2人、ずっと一緒に―――















――――――
銀時先生で書いてみました。
卒業シーズンをかなり過ぎていますが(笑)
てゆーか入学シーズンもとっくに終わりましたが…
まぁいっか!
取り敢えず銀時先生のちょいロリコンっぽいのが書きたかっただけでっす!
(>ω<)b”