怪しく、眩しく、暗闇を照らし出す光。

そう、その日は哀し過ぎる程の―――満月だった。









「清白な兎」



















白々しく輝く月光が、静かに縁側に降り注ぐ。

その中にひっそりと佇む背中を、俺はじっと見つめていた。



カチッカチッという聞き慣れた金属のこすれる音の後、

ゆらゆらと、独特の香りと煙が風に揺られ始める。



肌寒い、キンと張り詰めた冷気の中、悠々と煙草をふかす背中。

あの背中を、息を潜めて眺めてからどのくらいが経ったろう。









ガキの頃から追い越したくて、我武者羅に追って来た背中。

やっと追いつけたようで、しかしちっとも追いつけていなかった背中。

―――何年も何年も、よくもまぁ追いかけて来れたもんだ。









そんな事を思いながら、俺は小さく笑った。





























どこか冷たい月光の中、彼は一人酌を注いではそれを止め処なく飲み干していく。



時々酒を酌む手を止めては満月を見上げる彼だったが、

その光景は後ろから見る俺にとって、何とも言えぬ恐怖に駆られるものだった。





―――連れて行かないで。





月光が眩しすぎて、美しすぎて、静かすぎるせいだろう。

青白くただ降り注ぐその光は、怪しくて、恐ろしくて……









途端全身に寒気が走った。









そうして俺はいつの間にか彼の隣へと並んで腰掛けて、

間髪入れず彼の手から器をひったくり、

その中に注がれていた酒をぐっと一気に飲み干した。





……さっきから強く感じる、恐怖と焦燥感をも一緒に。





その俺の行動を、隣で驚いたような顔で見つめる彼。

飲み干した後で、俺はその空の器を目の前に突きつけてやった。





「酒、弱いくせに」





コトン、と器を俺と彼の間に置くと、彼が小さく鼻で笑った。





「お前もだろ」

「土方さんよりはマシでさァ」

「……そーかィ」





そう呟いて彼は器を手に取り、再び酒を注いで飲んだ。

しかしさっきとは違って、今度はゆっくりと喉に通していた。

……静かに風が足元を抜けた。









「一人で飲むなんて、狡いですよ」









青白い闇の中に、小さく吐き出された言葉が響き渡る。

少しの沈黙の後で彼が応えた。





「お前、未成年だろ」

「やだなァ、何を今更」





そう応えると、彼は小さく微笑んで、それもそうだなと呟いた。



















俺の胸中には、未だ微かに残る恐怖と焦燥。

それの原因は、きっとこの人の後姿。





いつもは大きく遠く感じていた背中が、さっきはとても小さく、切なく見えた。

その背中が、何の抵抗も無しにあの光に吸い込まれてしまうのではないかと。

そんな恐怖と焦燥感が一瞬にして募ったのだった。



















弱いくせにずいぶんと飲んでいたせいだろうか、

ふと気付いた時には、彼の頬はほんのりと高潮していた。

いつの間にか煙草の火も消えている。





―――こんなになるまで飲むなんて……それぐらいなら最初から。





あの日からずっと言いたかった言葉を、俺は幾度か喉につっかえさせながら、

それでもまだ良心に残る勇気とやらを振り絞って、そっと声を奮わせた。











「最期ぐらい、逢えばよかったのに」











その俺の呟きを一瞬で解したのだろう。

視界の右端にいた彼の動きが静かに止まった。

その時出てきたのはその一言だけ。

……それ以上、言葉として紡ぎ出す事は出来なかった。



でもきっと、それで充分だったんだ。



















なぁ、土方さん。

弱いアンタが酌を進めていたのは、想いが大きすぎて堪えきれなくなったからでしょう?

丁度この月光のように、白く美しく儚く散ったあの人への想いが。





……なぁ、土方さん。

辛いのはアンタだけじゃないんだ。



















冷たい雫がそっと一滴、きつく握った拳へと音も無く落ちる。

その一滴を境に、詰まっていた何かがこみ上げるように胸を突いた。





「逢えばよかったのさァ……」





今更遅い、だけどずっと言えなかった想いが月光の中を漂う。





「馬鹿だなァ、アンタは」





俺になんて構わなきゃよかったんだ。

俺の事なんて考えずに、あの人だけを想ってりゃよかったんだ。





「本当馬鹿だ……」





もう数滴、拳に落ちる。

―――馬鹿はどっちだ。

あの人は最期に微笑ってくれたのに、何がこんなにも苦しいんだ。











しばらくの沈黙の後、再び金属音が右で鳴って、長く息を吐いた彼が続きを紡いだ。



「馬鹿でいいさ」



微妙に歪む視界の端で、彼がそっと呟いた。





「これで……良かったんだ」





ポン、と大きな掌が俺の頭に触れる。

そうして彼は微笑った。

怪しく光る、美しすぎる月を見上げて、そっと。





























ガキの頃から追い越したくて、我武者羅に追って来た背中。

やっと追いつけたようで、しかしちっとも追いつけていなかった背中。

何年も何年も、よくもまぁ追いかけて来れたもんだ。



だけどこれからもずっと追い続ける。

例え小さくても、切なそうでも―――追い越せそうになくても。

俺にとっては大きな意味を持つ背中なんだ。



―――その存在が消えるまで……いや、消えてからもずっと。











あぁ、どうして俺達はこんな星の下で生まれたのか。

清白な兎が温かく感じれる日まで、俺達はずっとそれぞれに想いを背負って生きていく。















――――――――――
初沖田目線など書いてみました。
……え?台詞少ないって?
別にサボってる訳じゃないんだよ?うん、えへ!
てゆーかミツバ死後の晩酌風景なんぞ書くんじゃなかった……
ダメだ、また思い出し泣きしそうだ私……!
あ、一応そうゆうつもりで書いてたんです、実は。
詳しく知りたいという方は下を反転して下さいネ。


青白い月光の下にいる土方さんがミツバみたいにいなくなりそうで、
それを恐れた総悟が思わず駆け寄る。
で、自分の姉のような月光を見て、ちょっぴり懺悔チックなのですよ。
でもゴメンナサイは言わないの、だって別に悪い事はしてないから。
ただ姉の事を想うと……ってな具合で、
最後ぐらい逢わせてやればよかったと後悔してるのです。
でも、素直じゃないからちょっと八つ当たり気味なのね。

で、土方さんも結構ヤケ酒入ってます。こっちも少し後悔中。
後悔はしてないって言わせるつもりだったんだけどね、当初は。
しててもそう言うでしょ、この人は絶対。だって全てを背負う人だから。

まぁ結論的に言えば、ミツバの死を背負ってそれぞれに踏み出す話にしたかったのです。
あんまりうまく出来ませんでしたが…ね、ハハ。